キャリアの作り方

障害者雇用の想い出とキャリアのチャレンジ

会社の新しい事業として 8月から、視覚障害者のための同行援護の事業*1を東京都の認可を受け、スタートした。この事業を担っている20歳代の私の会社では最年少のリーダーも視覚障害と向き合っている。順調な滑り出しだが、現場では立ち上げ期の苦労と毎日格闘しているのかと思う。彼とは、大学在学中に就活の相談を受けた時からの関係である。その当時は、視力は弱っていたが、まだ現在よりあった。

*1 同行援護事業概要
https://mcken.co.jp/mbh-profile/d-i/

今から30年前のこの時期、私は、長野県の松本市内にある事業所で行っていた知的障害者雇用の住民説明会の会場にいた。前職のセイコーエプソンで新たに設立を試みた知的障碍者の方の雇用を拡大する為の専門クリーニング工場(クリーンルームで着衣する防塵着のクリーニング)設立について御親族や支援団体の方々で構成する「長野県手をつなぐ親の会(現在:長野県てをつなぐ育成会)」の方々に新しく取り組みを始める事業の概要をと採用選考の手順についての説明をしていた。民間企業は、社員雇用において、一定数の障害者を直接雇用することが法律 *2で定められており、その一環で当時のエプソンも様々な雇用拡大の取り組みを行っていた。

民間企業や公共の行政機関は従業員の規模に応じて一定数の障がい者を雇用しなければならないことが法律で定められている。令和3年3月1日改定され、民間企業は常用雇用労働者に対し、2.3%(公共団体は2.6%)の雇用が義務付けられている。

私が人事部に在籍し、障害者雇用に取り組み始めた時、実務的にも、精神的にも支えになった特例子会社があった。博報堂DYアイ・オーとリクルートプラシスというそれぞれ、広告業界、人材ビジネスの業界で事業展開を行う会社が設立した特例子会社*3である。

前職の会社にもエプソンミズベという特例子会社があったが、当時の心境を素直に表現すると、静かに保護され、自らの存在を積極的に外に示していくという空気を持たない立場にあった。しかし、私がこの東京にある特例子会社を訪問した時、強い衝撃をうけた。同時に何かをしなければならないというエネルギーを輸血されたような感覚になった。マネジメントを行う管理監督者の方も、働く障害者の方も、社会に対してとても強いエネルギーとメッセージを積極的に発信していたのである。「どんな仕事が適切でしょうか」という当時の私のおぼつかない問いかけにも「できない事なんてないですよ、何でもできますよ」と返ってくる。次の質問がとても恥ずかしくなるような力強い声と、満面の笑顔で。

説明会の現場で、出席されたお母様からの質問で、『やはり採用の基準は重度障害の手帳をもっていても、作業効率が良い、軽い障害の方が優先されるのでしょうか?』という問いに対して言葉につまってしまった。ご両親からすると切実な気持ちが伝わる。その時、隣に座ってくれていた知的障害者の支援団体である「松本市の手をつなぐ親の会」の代表の方が、説明に戸惑う私を助けて言葉をつないでくれた。『この地域に合って大きな企業が知的障害者の為の働く場をつくってくれること自体が、私たちの希望の星です。みなさんでこの希望の星を大切に育てていきませんか』と。私は横でその言葉を聞いていて、感情を平静に保つことが難しい状況になった。設立に向けて、その時まで重度障害者多数雇用事業所の複雑な適用申請や認可プロセス、クリーニング事業を行うためのクリーニング生活衛生同業組合や近隣の河川環境保護団体からの同意書の取得、また、そもそも、当時のエプソンとしては初めて知的障害者の雇用に踏み込むこともあり、社内説明と支援・理解の時間の積み重ねが走馬灯のように脳裏を駆け回った。

この事業の企画は、工場設立の投資資金が多額で、在籍していた人事部の業務から少し離れて、当時社内の制度にあった、「社内起業化公募制度」に応募して提案した。その事業審査会で、亡くなってしまったのだが、審査の筆頭常務役員から、その場で、「この事業は価値があるから頑張ってやりなさい」と強く励まされたことも鮮明な記憶であるし、労働行政では、長野県労働雇用課(当時は職業安定課だった記憶がある)の専門的なサポートも心の支えだった。当時の課長は労働省本省から出向された私と同じ年の若い課長で複雑な申請手続きを支援してくれた。

本当に気持ちが沈んだ時には、自分を励ましてくれた人たちのことを思い返すといい。いくらそれが遠い昔のことであってもきっと、前に進む勇気だけでなく、これから、何をしなければならないかをやさしく、背中を押してくれるはずだ。

あの時から、30年ほどたった今、再び障害者雇用の事業に携われることになったことが、何よりもうれしい。新工場が立ち上がり、当時の日本雇用促進協会から依頼された雑誌「障害者とともに働くー提言・体験手記―」(No.10)寄稿文の巻末で、障害者の雇用促進に関する提言を書いており、今の私にはその提言で書いた言葉に少しでも近づくことが自分自身のキャリアのチャレンジになっている。(障害者雇用にご関心がある方で、お問合せいただければ、その拙文のPDFが残っているのでお送りいたします。)

今日一日が良い一日となりますように、悲しみと困難、不安に向き合っている方に希望がありますように。良い週末をお過ごしください。新しく始まる一週間が皆様にとって豊かな一週間でありますように。

2022年9月2日  竹内上人

*2障害者雇用促進法とは、障害者の職業生活において自立することを促進するための措置を総合的に講じ、もって障害者の職業の安定を図ることを定めた法律であり、昭和35年に制定。

*3特例子会社とは、企業が障害者の雇用に配慮し、障害者雇用促進法第44条(子会社に雇用される労働者に関する特例)により、厚生労働大臣の認可を受け、障害者雇用率の算定で親会社の一事業所と見なされる子会社。

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