キャリアの作り方

中小企業の人的資本経営について その5

副題:経営戦略及びビジネスモデルの言語化と人的資本の蓄積と活用に関する可視化

就職活動をしていた学生の頃に読んだ小説で城山三郎さんの『官僚たちの夏』があった。当時の通商産業省を舞台にした小説である。その後、この小説は映像化もされ、1996年にNHKが中村敦夫さんを、2009年には民放放送で、佐藤浩市さんを主人公である風越慎吾役に起用してドラマ化された。私の記憶の中で鮮明に印象に残っていることは、主人公の風越慎吾が自分の机の上に置かれた幹部職員ひとりの名前が書かれた「人事カード」を思索しながら並べ直す場面である。ある人材をそのポストに配置するために、官僚の人事慣行を無視し、自己に対する風当たりも気にせず、あらゆる手段を駆使して実現しようとする。そのやり取りの中で、小説の中で風越がつぶやく、『人材は代えがたいんだ』。

私も影響を受けたのか、大学を卒業し入社して間もないころ、採用担当として新卒学生の獲得に奮闘していたころ、候補者の名前を書いたカードを机の上に並べて、配属先を想定しながら会社の必要な学生はだれかを思案し、候補者の学生カードを並べ直し、風越慎吾を真似て、あきらめずに口説き落とすことをひたすら考えていたことを思い出す。

人的資本経営という言葉に困惑している中小企業の経営者や人事の実務の方にお伝えしたいのは、今までの積み重ねてきた自社の経営の強みを最大限生かしながら、いかにそれを「可視化」、「見える化」するということに注力するということである。その可視化のプロセスの中で、経営戦略やビジネスモデルに連動する行為や人的資源の収益構造上の構成の理想像につなげていくための指標となる重要業績評価指標:KPI(Key Performance Indicator)を自社の組織の成熟度や成長に応じて可変的に調整しながら設定することである。

微細なチューニングの感度が必要である。決して理想として設定した着地点へ急激に行ってもいけない。副作用が多すぎ、制度移行や変革プロセスで経営的な時間的ロスや意思決定の遅れの損失が大きすぎるからである。自社の経営のシステムの良さを積極的に評価しつつ、徐々にバージョンを上げていくという地道で継続的な作業を行っていくことが大切なのだというのが私の人的資本経営に具体的に取り組む経営者や人事の実務担当者へのメッセージである。

こうしたヒトに関するあれこれの経営管理上の可視化については、その方法に戸惑いを感じ、また経営者の想いの中に凝縮されている経営戦略やビジネスモデルについての言語化や概念化については若干の恥じらいの中で明確にされることを控えている方も多い。残された課題は、それらの経営者の心中にあるビジョンと戦略、ユニークなビジネスモデルを言語化するとともに、ヒトへの投資に連鎖させていくシナリオ作成という単純な作業に踏み込むステップだけなのだと思う。

人的資本の原点である人材の可視化としての「人事カード」もその一つであり、第一歩であるかもしれない。デジタルにシステマティックに統制された人材管理システムも利便性があるかもしれない。しかし、中小企業の会社規模であるなら、システム化はもう少し待った方がいい。手書きのアナログの「人事カード」は、経営者や人事担当者自身の想いがその一枚一枚のカードに染み込んでいく。

今日一日が良い一日となりますように、悲しみと困難、不安に向き合っている方に希望がありますように。良い週末をお過ごしください。新しく始まる一週間が皆様にとって豊かな一週間でありますように。

2024年3月15日  竹内上人

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※現在連載中のコラムは、今年3月に発行された中部産業連盟機関紙『プログレス』寄稿文の原文
(今回のコラム全編での参考文献)

その5
城山三郎『官僚たちの夏』(新潮社、1975年)。

その1からその4までの参考文献
石田光男『仕事の社会科学』(ミネルヴァ書房)2003年
今野浩一郎『同一労働同一賃金を活かす人事管理』(日本経済新聞出版)2021年
竹内倫和『自律的キャリア形成態度と職務探索行動結果に関する因果モデル』(商学集志)2020年
江夏幾多郎 『人事評価やその公正性が時間展望に与える影響:個人特性の変動性についての経験的検討』組織科学 V ol.56 No. 1 : 33-48 (2022年)
守島基博『全員戦力化 戦略人材不足と組織力開発 』(日本経済新聞出版)2021年

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