キャリアの作り方

分かるということは苦労するということ

今朝の都内は広く灰色の雲で覆われている。台風も近づき週末に向けて天候は不安定になりそうである。

近代批評を確立した小林秀雄氏の言葉を思い返す機会があった。40年近く前、小林秀雄氏の文章は大学入試問題によく出題されていたので当時、問題集の中に登場してきた氏の文章と格闘した記憶がある。難解な文脈構造という印象があった。最近ある機会で再び氏の次の言葉に触れる機会があった。「分かるということは、苦労することである」。

私たちの周囲に起きるすべての事象は、単純そうに映し出されることでも実は複雑な背景を抱えている。特に人間にまつわる出来事の多くは実は解きほぐしきれない難解な構造が複雑に絡み合う。

人事の仕事に携わりながら、深い人間理解の必要性を痛感する。人事労務の諸課題に向き合ったり、人事制度を構築する時も分かりやすく伝達性の高い仕組みの構築を目指すのだが、そこに関わる人間集団の深い理解がなければ、核心となるメッセージをその仕組み移植することはできない。

簡潔な論理を組み立てる上で大切なことは、「ミクロ分析の重要性」や「真理は細部に宿る」という格言に至るような教訓に向き合うことでもある。この膨大な地道な作業を踏まえないと、分かるという領域に至ることは困難なのかと思う。誠実に、ささやかに、ゆっくり、少しづつ、確実に、その真実に近づいていく。

正しく事実をとらえて、正確に記述することの困難さは私自身も大学時代の卒論制作で学んだ。選んだ卒論が、「八幡製鉄の賃金体系の変遷」であった。製鉄所における賃金の分配ルールの背景にある労使の人間的な取引の事実を労働運動史や配布された情宣ニュースから記述し直すという暗く、じめじめした、地味な作業の繰り返しで大学の最終年度を過ごした。

「わかるということは苦労すること」であるいう前述の小林秀雄氏の言葉は、自己肯定的にまた、概念的にまとめて表現することに逃避しがちな自分自身への警告でもある。実は正確にはなにもわかっていないことが多い。言葉の響きの良さや、勢いはあるが中身が浅薄なのである。そんな勢いで行動を起こすと深い痛手を負い、誤った判断をすることになりかねない。

これは企業における技術者のモノづくりでも同じ原理でありように思う。優れた技術者はある製品や技術を開発する時に丁寧な実験を納得のいくまで繰り返し行い、素データと格闘し、恐ろしく深い思いでメカニズムの原理を脳から汗が出るほど考えつくし、製品や新要素技術を産み出す。寝ている時に考え、起きては実験という塩梅である。その過程を通じて良質な製品開発へとつながる。

事実に向き合い、理解を深め、適切な行動を取ることは、極めて慎重で謙虚な姿勢が求められる。

今日一日が良い一日となりますように、特に深い悲しみと困難、不安に向き合っている方に希望がありますように。良い週末をお過ごしください。新しく始まる一週間が皆様にとって、豊かな一週間でありますように。

都内にて 竹内上人

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