目白からの便り

長寿企業の秘訣とは

京都のお線香を家業とするお店の家訓に目が留まり、それからしばらくその言葉が脳裏に沈殿している。

『細く 長く 曲がることなく いつも くすくす くすぶって あまねく 広く 世の中に』
(京都 松栄堂 家訓)

家訓であるから、その家の家業をどのようにマネジメントしていくかを、先代が後世の継承者に戒めをもって伝えたい言葉なのであろう。それ以来、この言葉が、「働く人」のキャリアの積み重ねの在り方と重ね合わせられる。今月は、いくつかの民間企業の階層別研修を受け持った。比較的若い世代の方々を対象にしたキャリア研修と題されたプログラムである。多くの働く人が、自分自身のこれからの働き方の基本デザインをどのように描いていけばいいのかを感じる機会でもある。現在を肯定しつつも、これから先、このまま歩んでいけばいいのか、普段は表に出すことをためらうこの面倒な宿題を研修の場によって、物置小屋の奥から引っ張り出されることになる。

私は、ひとり一人のキャリアの設計も、企業の戦略策定の描き方と類似性があると考えている。正しい経営戦略を有している会社は、市場からも求められ続けられ、社会に不可欠な価値を提供し続ける。当然のことながら組織のモチベーションも高く、また働く人たちの職業倫理も高い。個人が向き合うキャリアの設計図も同じようなことがいえる。極言すれば正しい手順と描き方で、キャリアデザインという自分自身の職業計画書を策定し、日常管理のプロセスで自己マネジメントを適切に行えば誰でも社会にとってより頼りにされる卓越した人材になるのだと。

ここでふと、家訓の「細く長く」という言葉を、100年企業の姿と重ねてみる。日本では、業歴100年以上の企業が約4万5,284社にのぼる(2024年9月時点・帝国データバンク調査)。老舗の倒産も目立ちはじめ、「老舗=安泰」というイメージが揺らぐ中で、それでもなお、地域と顧客に根差しながら事業を続ける企業が厚い層を形成しているという事実は重い。京都府はこうした老舗の企業の出現率が全国トップの5.35%で、土地柄と商いの文化が長寿企業の土壌になっていることを示唆する。

さらに別の統計では、2025年時点で創業100年以上は4万6,601社との推計もある。つまり数としては着実に積み重なっている。国際的に見ても、日本の長寿企業の厚みは特異だ。世界の「創業100年以上」の企業のおよそ半数が日本、「200年以上」では約65%という調査がある。数字だけ見れば誇らしいが、同時にそれは「続けること」の難易度と、続けるために必要な地道な制度と実務の蓄積が、どれほど膨大かを物語っている。

もう一段、200年以上の企業に限った国際比較でも、日本が56%を占めるという古いが示唆的な報告がある。長寿の裾野が分厚いほど、守るべき基本動作と変えるべき要素の見極めが、世代をまたいで問われる。
では、長く経営していくことの難しさとは何か。教科書的にいえば、後継の不在、人口動態の逆風、コスト高、需要変動、災害・感染症・規制対応、資金繰り、デジタル化の遅れ、そして「老舗ゆえの惰性」である。老舗の倒産が目立つという足元の所見もあるが、これは「変えない強さ」と「変える勇気」の配分を誤れば、何百年の歩みも一挙に脆くなることへの警句だろう。

一方で、老舗の財務の安定性は長年保有してきた不動産・金融資産などの営業外収益が下支えしているという分析もある。ここには、短期の収益最大化ではなく、世代を超えた持続を志向する意思決定の痕跡が見える。今回の家訓の「曲がることなく」とは、頑なさではなく原理原則を見失わないことだと思う。品質、約束、支払い、育成、清潔、礼。一方の「くすぶって」は、派手に燃え上がらずとも消えない火**を保つという意味だろう。無理な拡大に走らず、事業の芯を細くとも太くとも適度に保ち、変えるべきを小さく素早く変える。それが長寿の実務に近い。

キャリアも同じで、他者や環境に不調の原因を転嫁した瞬間に、自律性は目減りする。論理の飛躍に頼ってショートカットを狙えば、しっぺ返しを食う。会社が市場や顧客のせいにした刹那に弱くなるのと、よく似ている。

線香であるから、おそらく香りが伴うのであろう。良質なプロセスで創り上げられた線香の香りは、多くの支援してくれる仲間を引き付ける。香り=評判は、長寿企業にとって最大の資産だ。評判は借入でも調達でもできない。日々の仕事の手触り、つながりの手入れ、約束の履行という地味な積層でしか生まれない。瞬く間に過ぎていく2月の終わりに、自分自身の線香の煙の空間へののび方と香りがどのようなものであるかを想像することも楽しい。細く、長く、曲がらずに、くすぶり続けるという家訓は、企業にも、個人にも、じわりと効く。

今日一日が良い一日となりますように、悲しみと困難、不安に向き合っている方に希望がありますように。良い週末をお過ごしください。新しく始まる一週間が皆様にとって豊かな一週間でありますように。

2026年2月27日  

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