目白からの便り

日本的経営の強さ 野中郁次郎先生を偲んで

戦後日本の復興をけん引した産業の一つに、鉄鋼業があげられる。その中でも官営八幡製鉄所を起源にもつ八幡製鉄所(現在の本製鉄株式会社九州製鉄所)は日本経済復興の中軸であった。手元に1947年のその八幡製鉄所の賃金表がある。戦後の民主化施策によって以前の身分的階級制度は撤廃されたが、役割に基づく身分的序列が完全に消滅したわけではなかった。平炉という製鉄工場では、炉前の職場では、工長(戦前の伍長)以下、責任、二番方、三番方、四番方、五番方、六番方、補充の8名で小集団の職場が形成され、集団としての生産量の責任を担っていた。この時期の工長の責任は重大である。なぜなら、月例給与の大半が業績手当で支払われて、工程単位での生産量に左右される。生活費の源泉を共有する集団の凝集性は極められている。私はこの小集団の組織生産活動と報酬体系がリンクした小集団管理の仕組みが日本の人事管理のエッセンスにあるのだと考えている。

今年、1月25日に知識経営の世界的な研究者であり、「失敗の本質」などの著作で知られる経営学者の野中郁次郎先生(一橋大学名誉教授)が亡くなった。日本企業の強さの源泉を個人が所有する知識や経験など言語情報になる以前の概念を「暗黙知」として捉え、企業内における固有の組織を横断する情報の交流が新しい価値を生み出す原動力となるメカニズムであることを提唱した。日本企業の強みはチーム力であることがより鮮明になった。このチーム力の源泉というものが、エンジニアやマーケティングの仕事における上流プロセスのメンバーだけではなく、量産化を担う生産技術部門や製造部門、さらには物流部門も含めた業務の流れのバリューチェーンのすべてのメンバーの情報を合流させながら生まれてくる強みであり、それは他の国の企業マネジメントの常識を超えていたと言うところに特徴があるとした。

野中先生は、創造的な組織の形態として個々人が共通の目的を達成するために協働行動を強力に推し進めるスクラム(Scrum framework)の理論を考案し、日本の産業基盤の成長を支えたユニークなマネジメントリソースであると提唱して経営学や組織管理の研究領域だけでなく、実践の場においても多大な影響力を与えてきた。また、相反する利害を同時に両立、包摂する二項動態経営が、組織の生産性やイノベーションを誘発し、持続的な成長のメカニズムを構築するとして安易な二項対立的型のマネジメントの危険性に警鐘を鳴らしてきた。野中先生の功績は研究者や教育界だけでなく、産業界にも多大な影響を与えて、多くの理論の信奉者を生みだしてきた。私自身もその片隅の一人であるが、「暗黙知」という概念の存在に論理的に正当性を付与したことは、労働の現場で説明しづらかった、個人や組織の経験値に基づくノウハウや「カン」、「コツ」に生命を吹き込んだのだと思う。

先述した製鉄現場の小集団に課せられた共同意識の醸成も、日本のお家芸でもあり、個々人の利害関係を超えて、組織のアウトプットを最大化することを誘発するメカニズムでもある。労使関係の枠組みにおいても、戦後1945年以降、多くの企業で戦前では、分離した労使関係が取り行われていた職員組合と工員組合が、民主化運動の中で一本化され、経営の議題が事務職や技術職のみならず、生産現場の人たちも含めた労使交渉テーブルの中で取り交わされてきたことは極めて意義深い。こうした立場や身分を超え、より上位の目標追及を目指す超党派の団結した融合機能は、戦後日本独自にイノベートされた労使関係や人事制度、賃金体系の果たしてきた貢献もあるのかと思い巡らす。野中先生の社会への偉大な貢献を深く考え、偲ぶ一週間であった。

2025年1月31日

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