目白からの便り

中小企業の人的資本経営について その10 最終回 映画七人の侍の紹介付

副題:全員戦力化 多様性ある雇用形態のチャレンジが人的資本経営の鍵となる

日本の雇用形態は、主に正規社員か非正規社員かという二者択一的な選択と、一度その雇用形態のコースを選択すると、変更がしづらくなる制度的、慣行的な障壁がある。組織の論理が優先しすぎてしまい他者に対する気遣いができなくなってしまい、それぞれの当事者の本意と離れて職場全体に窮屈さを感じさせてしまう場面もあるかもしない。

個人の人生には、避けられない病も含めて変化と制約条件が年齢とともに与えられる。また、何らかの背景で、自分自身に、そして自分と関係性が深い人に身体的、精神的制約のチャレンジを受けてしまったり、与えてしまったりすることもある。そしてそれは、仕事だけでなく生活においてもその制約と困難さと向き合わないといけないこともある。

人口構造の変化に向き合っていく日本は、こうした働く人一人ひとりが直面する個別の環境や状況を柔軟に吸収する就労のシステムや形態、そして職場の環境を企業や組織が積極的に試行錯誤することにより、様々な可能性ある人材の力を活かしていくことに尽力していくことが大切な経営課題になってくると思う。

私はこれまでの人事屋としての経験で、日本の中小企業は、うまく活かしきれていない面も多々あるのだが、既にこうした柔軟性の素養と可能性を兼ね備えているのだと体験的に理解している。先述したように大企業では到底できないような年齢にとらわれない柔軟な人材活用を既に難なくやってのけている。単純な要員不足の結果の対処というより、キャリアの晩年まで仕事に対する意欲と資質を途切れさせることなく継続させる働きかけと環境が機能している。既定の制度にがんじがらめに拘束された大企業では到底できない人事上の離れ業を容易にやってのける土壌がある。

それでもまだ、極めて限定された個人の困りごとや、企業や組織システムの制約、また、時には社会のひずみと隣り合わせになっている問題など、企業や組織や社会の枠組みを超えた全員戦力化(守島,2021)の取り組みへの余地はまだまだ中小企業であっても封印されている。

中小企業における人的資本経営の実現への問いかけに対する答えは、前述したようないくつかの課題を乗り越える努力はしつつも、持ち前の家族的経営の良さを最大限活かすとともに、戦後築きあげてきた日本的経営の資産の選択と抽出、その積極的、且つ肯定的再評価と再加工に基づいた組み合わせの多様化への取り組みなのだと思う。あまり世の中の流行的な人事制度に振り回されない方がいい。

日常生活においてまっとうな、正しく、健全な人間観に基づく公正感の最大発揮を職場に持ち込むことだと考える。私は中小企業の経営者や人事の実務家の方々は、今日的な経営人事課題を克服する現行システムのバージョンアップを誠実に改善できる人間性にあふれた経験値をもっている確信している。今までも、これからも中小企業の底力が日本の競争力の源泉である。

今日一日が良い一日となりますように、悲しみと困難、不安に向き合っている方に希望がありますように。良い週末をお過ごしください。新しく始まる一週間が皆様にとって豊かな一週間でありますように。

2024年5月3日  竹内上人

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さいごに このコラムを執筆中によく観た映画「七人の侍」について

現在連載中のコラムは、今年3月に発行された中部産業連盟機関紙『プログレス』寄稿文の原文をコラムに合わせて加筆修正してきました。長期間にわたってお読みいただいた方には心より感謝申し上げます。途中何度もコメントをいただき、自分自身も新しい気づきが多くあったコラムでした。

この10回のコラムの期間で何度も見直した映画がありました。1954年に公開された黒澤明監督の「七人の侍」という映画があります。40騎あまりの野武士化した侍に襲われる小さな村を救う為、これも身寄りが定まらない浪人となった関係性のない7人の侍が、様々な縁でつながり、村人と協力してこの小さな村を守るという物語です。この物語を構成しているメッセージから、官僚機構に頼らない自律性、流動化した人材の採用や活用、管理監督者の役割、人材育成や心理的安全性のある職場づくり、メンバーの動機付けや職場のモチベーションの作り方、小集団の競争原理による組織活用の手法など、日本の雇用環境や、日本的経営のエッセンスがふんだんに取り込まれていると感じ、この映画は人事や経営の映画なのかと錯覚しました。外部の多彩な人材を活用しながら自分たちの力で守り抜いていくというその小さな村は、日本の中小企業の組織そのものに映りました。そして、7人の侍の筆頭である俳優、映画の中では勘兵衛と名乗る浪人役である志村喬さんの存在感は自分にとっての理想的な立ち居振る舞いのリーダー像の一つになりました。機会があれば一度ご覧いただければと思います。

(その1からその10までの参考文献)

石田光男『仕事の社会科学』(ミネルヴァ書房)2003年
今野浩一郎『同一労働同一賃金を活かす人事管理』(日本経済新聞出版)2021年
竹内倫和『自律的キャリア形成態度と職務探索行動結果に関する因果モデル』(商学集志)2020年
江夏幾多郎 『人事評価やその公正性が時間展望に与える影響:個人特性の変動性についての経験的検討』組織科学 V ol.56 No. 1 : 33-48 (2022年)
守島基博『全員戦力化 戦略人材不足と組織力開発 』(日本経済新聞出版)2021年
城山三郎『官僚たちの夏』(新潮社、1975年)。
伊丹敬之『イノベーションを興す』(日本経済新聞出版社 2009年)
米山 茂美『リ・イノベーション視点転換の経営: 知識・資源の再起動』(日経BP日本経済新聞出版本部)2020年
藤原雅俊『生産技術の事業間転用による事業内技術転換』(日本経営学会誌)2022年
Amy Edmondson Psychological safety and learning behavior in work teams
Administrative science quarterly 1999
大野晃 『山村環境社会学序説: 現代山村の限界集落化と流域共同管理』 農山漁村文化協会 2005年

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