目白からの便り

根は見えねんだなあ リーダーが果たすべき責任

私は、前職の会社に入社後、すぐに子会社の腕時計の製造販売会社で人事としてのキャリアをスタートした。最近は見ることがなくなったALBA(アルバ)ブランドの時計を生産していた。そこでサラリーマンとして、人事の仕事につくことになる。

人事の居室の近くにある社長室の壁にかかってあった額の中にある言葉にいつも目がとまった。独特なユニークな毛筆文字で、

『花を支える枝 枝を支える幹 幹を支える根 根は見えねんだなあ    相田みつを』

と書かれてあった。不思議なことに、私は40年たった今でも社長室のレイアウトや調度品を鮮明に覚えている。社長が吸っていたタバコの銘柄であるチェリー(CHERRY)の箱のデザインもである。

何かの機会に社長に尋ねたことがある。その時の答えは、記憶が確かではないがおおむね次のようなことであった。ものづくりにはいろいろな人が関わっている。しかし仕事をしている人の中では、商品企画や開発設計など、比較的、周囲に注目され脚光を浴びる仕事をする人もいるし、地道に自分に与えられた仕事を丹念に行い続けている人もいる。いろいろな人の手を通じて腕時計は作られているのだとと初老になるつつある社長は笑みを携え、とても大切なことを仕事に就いたばかりの私に伝えようとしていた。

当時の私は、その地道な仕事を丹念に行い続ける人のイメージを製造現場にいる人のことだと感じていた。入社後半年間、腕時計工場の中で実習をしていた体験からそう感じたのである。工場の中はとても居心地が良かった。何しろ毎日やることが明確で、やるべき作業の質をいかに高めていくか、また昨日よりもより多くの加工品を作り出すことができるかという素朴な目標を立て作業をする楽しさがあった。一方で時々、工場の中だけの空間にいると世間から隔離されたような感覚にも陥った。身体を作業用防塵コートで身を包みながら仕事をしていると、外界との関係を断ち切られた焦燥感に駆られることもあった。

私は社長が常に自分の心に周囲に普段接することができない人たちのことを考えていくことが大切であるということをその額の中の文字を見るたびに思い起こしたのではないかと感じた。それは、ひとつの象徴的な行動でもあった。

相田みつおさんの額が社長室にかかっていることを製造現場の管理職の方は知る機会があったに違いない。そこで彼らは社長が自分たちのことを忘れていないのだと確認し安堵する。そして製造現場の仲間にその安心感を持ち帰る。良質な人間関係が組織の隅々まで届く。私は、日常的に接点がない人たちの気持ちを考え続けていくことは、組織のリーダーの大切な使命だと感じた。

2022年12月 9日  竹内上人

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