目白からの便り

難局に直面した時に効力を発する自らの物語と操典

大学の春季課程の講義では、日本的経営、特に日本の人事システムを考えた上で、キャリアデザインや組織の中での身の処し方の考え方、手法としてEQ(感情のマネジメント)を組み込んだ講義を行っている。キャリアデザインの講座では、生徒が理想とする職業的な将来設計図面を描く。6月中旬以降はキャリア計画書の到達点を考察する段階に入る。

一人ひとりの生涯の職業における道筋を選択、決定する時、成り行きで考えるのではなく、計画すべきであると繰り返し伝える。キャリアを設計する力は後天的なスキルである。一定の手順を踏むことにより、良質で筋が通った図面を描写できる。逆に手順を踏まないとわき道に迷い込み奈落に落ち込む。進むべき方向に迷った時、登山と同じように無謀な突進を避け、立ち止まり、引き返す勇気が必要だ。

生徒の職業選択の選択肢欄をのぞき込むと、恐ろしく突飛な記述に出くわすが、まだ出立前の準備運動の段階なので、ほほえましく感じる。その一方で、経験を積み上げた段階で転職を考える方や、定年の年齢前後で新たな職業上の選択をしなければならない方で、脈略のない選択をしようと試みている場面に出くわすと、なんとかご自身のキャリアにおける物語性のある道筋を再考してもらえないかと思案する。キャリア理論のひとつに米国の心理学者のマーク・L・サビカス氏(Savickas,M.L.)が提唱する「ナラティブキャリア」という概念がある。ナラティブ(narrative)とは、ナレーションのような意で「語り」でもある。自身のキャリアについてのストリー性のある物語を語りながら、方向性を固める。今までと、これからを自身に語りかけながら物語として仕立て上げることの大切さを説く。

また、様々な事情で窮地に立っていると、その選択の瞬間のエネルギーは感情的になりがちで、周囲の冷静な声もかき消され耳に入らないのであろう。このコラムでも何度か紹介したことがあるが、私が、思案に行き詰まり、何からどう始めていいのかという転職希望者、就活者の問いかけにお伝えする概念の一つに「操典」がある。「操典」とは、軍隊における用語なのだが、各兵種・兵法の教育及び戦闘における典拠書を示す。日常、緊急時において、取るべき行動の根拠、拠り所になる。ひとり一人の日常生活における操典の備えの可否と良質さが、その人の異常時の立ち居振る舞いの鮮やかさを形成し、鍛錬を繰り返し、進むべき方向を堅持した安定感あるたたずまいを醸し出す。そうした空気をもつ人に人間は吸い込まれていく。良質な決断をするためには、良質な思考の積み重ねが必要である。どのような過酷な局面に遭遇した時も優れた立ち居振る舞いを保つ自らの経験と思考の積み重ねで練り上げられた「操典」が不可欠なのだ。自分自身の過去の優れた経験や良質な立ち居振る舞いを思い返し、読み返し、自らのユニークで実践的な「操典」を言語化、文字として実際に言葉に変換する。それを日常的に携帯し、更新し続けていくことで、形勢は逆転する。キャリア形成は日常の中にある。自身の物語と操典を意識し、反転攻勢に出よう。

今日一日が良い一日となりますように、悲しみと困難、不安に向き合っている方に希望がありますように。良い週末をお過ごしください。新しく始まる一週間が皆様にとって豊かな一週間でありますように。

2022年6月10日  竹内上人

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