目白からの便り

収穫祭の時期に考える企業人の身の処し方

今朝の都内は灰色の雲に覆われ今にも雨が降り出しそうな様相を呈している。ミストのような細かなものが体にまとわりつく。その為か、寒さも気温以上に皮膚を通じて体内に染み込んでくる。

寒い現実と直面しながらも、この時期は収穫の時期でもある。自宅の部屋の壁に「落穂拾い( Millet 1814-1875)」の小さなポスターを額に入れて掛けてある。『春に種をまき、苗を植えて、雑草を取り、肥料をあげて、あとは神様が注いでくれる雨や陽ざしの風の力を待って、そうやって大切に育てた作物を収穫してくれた人に感謝していただく穀物は本当においしい (E.S 2016)』。 労働の対価、恵みとして得られる収穫物に感謝する時期でもあるのだが、この「落穂拾い」の絵には旧約聖書から伝わる様々なメッセージも込められている。農主は、小麦や大麦といった穀物を収穫する時にこぼれ落ちてしまった落穂を拾い集めずに、充分な収穫を得ることができない寡婦や貧農の人たちに残していくべきだと気遣う。

世界で最初の収穫感謝日は、17世紀の米国までさかのぼる。1920年9月、英国からメイフラワー号に乗って海を渡った人たちは、到着した土地で新しい仕事を始めた。その年の冬は非常に厳しく、その半数が飢えや寒さで亡くなってしまう。春になり、人々は、昔からそこに住んでいる先住民の人たちに助けられて、土地を耕し、種をもらい、作物を育て秋に収穫を得ることができ、そのことを感謝して最初の収穫感謝(Thanks giving)が行われたといわれている。

誰かのために労働の糧を譲り、収穫物を残しておく、こうした労働を通じた精神における良質さを、ひとり一人が直面する現実の厳しい環境の中で堅持するのはなかなか困難を伴う。自身のキャリア設計をする上で、他者に対してどのような貢献するかということを意識することも同様に難しい。

昨日、学習院大学で人事関連領域のいくつかのテーマに取り組むプロジェクトの中間発表会があった。私も6名の大学生チームの支援者として参画している。チームの主題はシニア(高齢者)雇用の日本リアルを解きほぐす内容である。学生達の発表はよく考えられていた。高い職位を担ったシニアが、定年前後、組織を離れる背景を実在者のインタービューを通じその心の葛藤を解き明かそうとしていた。発表を聞きながら、「落穂拾いの農園主」のことを考えた。企業人として管理職位を担った人たちが、まだ組織に残って働きたいという想いと、キャリアの機会を自分が育てた後輩の為に譲るべきだという美学が入り混じり企業人としての最後の瞬間と向き合っているのではと胸が痛くなる。

今日一日が良い一日となりますように、深い悲しみと困難、不安に向き合っている方に希望がありますように。良い週末をお過ごしください。新しく始まる一週間が皆様にとって、豊かな一週間でありますように。

渋谷の自宅にて 竹内上人

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