目白からの便り

絶望の中で広島原爆電車を動かした人たちのキャリア観

今週、8月6日、広島平和記念式典の映像を見ながら、私は時代の大きな変化を感じていた。国連のアントニオ・グテーレス事務総長のメッセージを代読したのは、中満泉(なかみつ いずみ)国連事務次長である。中満氏は、難民支援や平和構築の最前線で長年活躍し、日本人女性として初めて国連事務次長に就任した人物だ。現在も軍縮担当上級代表として世界平和のために尽力している。また、現在の広島県知事は、県政史上初の女性知事である横田美香氏である。農林水産省や内閣官房、富山県副知事などを歴任し、被爆地広島の新たなリーダーとなった。さらに、日本では高市早苗首相が政権を担っている。日本初の女性首相として国政の舵取りを行う姿は、かつては想像もできなかった光景かもしれない。

平和式典の壇上に立つ国連事務次長、被爆県を率いる女性知事、そして国政を率いる女性首相。そうした姿を見ながら、私の脳裏に浮かんだのは、80年前の広島で路面電車を走らせた女子学生たちのことであった。

1945年8月6日、広島に原子爆弾が投下された。街は壊滅し、多くの人々が命を失った。しかし、そのわずか3日後の8月9日、広島市内では路面電車が再び走り始める。当時、多くの男性職員は戦地に動員されていた。そのため広島電鉄では、家政学校などに通う若い女子学生たちが運転士や車掌として運行を支えた。彼女たち自身も被爆者でありながら、市民の移動手段を確保し、復興への第一歩を支えたのである。今年の平和記念式典で、中満泉氏が代読したグテーレス国連事務総長のメッセージには、次のような言葉があった。

「広島は、不屈の精神、復活、そして希望の象徴として、私たちに力強いメッセージを伝えてくれます。最も暗い時代を経験しても、私たちは異なる未来を選択し、築き上げることができると、広島の人々は世代を超えて、私たちに示してくれるのです。」

私は、この言葉こそ原爆電車の本質を表しているように思う。あの日、広島の街を走らせた女子学生たちは、単に電車を動かしたのではない。絶望の中にあった人々へ、「この街は必ず立ち直る」という希望を届けたのである。

そして80年後、その希望の系譜は形を変えて続いている。

電車を走らせた女子学生たち。 世界の平和を語る中満泉氏、広島県政を担う横田知事、そして国政を率いる高市首相。それぞれ立場は異なる。しかし共通しているのは、自らの仕事を通じて社会に貢献し、人々の未来を支えようとしていることである。8月9日、長崎でも同じように絶望の淵の中、国鉄の救護列車が原爆当日の午後に運行再開している。

原爆列車の物語は、単なる戦後復興の歴史ではない。それは、働くことの意味とは何か、そして一人ひとりの仕事が社会にどのような希望を生み出すのかを、私たちに問い続ける物語なのである。

今日一日が良い一日となりますように、悲しみと困難、不安に向き合っている方に希望がありますように。良い週末をお過ごしください。新しく始まる一週間が皆様にとって豊かな一週間でありますように。

2026年8月7日  

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