目白からの便り

律令時代から続く 働く人の冠位十二階と同一労働同一賃金

3月決算の企業の株主総会が6月末に終わり、多くの企業が新しい役員体制のもとで事業年度をスタートしている。私の感覚では、組織・人事の変更異動は、4月と10月に多く、その次にこの株主総会を受けての7月がつづく。新たな役職に任用されて、心が励まされる方もいるし、少し不本意な配置に意気消沈している方もいるかもしれない。ただ、働く人にとって現在でもドラステックに賃金が大きく振れるケースが少ないのも日本の伝統的な賃金体系の性質でもある。それは、日本企業の組織に根付いている職能資格制度の恩恵でもある。

最近、行政経験のある友人と律令国家について何気ない会話をする機会があった。日本に律令制度が朝鮮半島を経由して中国から持ち込まれ、根づいたのは7世紀ごろだと言われている。604年に推古天皇の時代に「冠位十二階」が制定された。聖徳太子が活躍していた時代である。この冠位には、儒教的思想も反映され、「徳・仁・礼・信・義・智」の6つの徳目が二分割され12階層で構成される。

手元の歴史資料を調べていくと、この冠位と官職について描かれた興味深い一覧表がある。そのページには両面を使って、「官位相当表」というマトリクス表で解説が加えられていた。人事屋の立場でみるととても興味深い。戦後日本の賃金制度は、職能資格給制度に裏付けられ、担っている仕事の種類によってのみ支払われるものではなく、それぞれの働く人の保有能力によって位置づけられた職能資格に対して処遇されるように設計されてきた。組織の中での異動・配置、人材育成の為のローテーションを個人が持つ賃金額に極端に手を加えずに組織運営の最適化によって人材配置できるといった卓越した仕組みを堅持してきた。

この「官位一覧表」をみて改めて考えさせられるのであるが、すでにはるか平安時代以前の古から、日本の組織は、職能資格制度で働く現場がマネジメントされていたのだと。つまりこうゆうことである、官職としての「太政大臣」は、資格としての「位階」は「正一位」か「従一位」の位階をもつ人材が任用される。それでは、「少納言」はというと、少し下がって、「従五位の下」という位階を持つものが任用される。軍事を司る近衛府の「少将」という官位を担う位階は、「正五位の正」が相当する。

「同一労働・同一賃金」の議論は今なお活発であるが、この職能資格制度の視点から考察すると奥行きが深くなる。「職能」、つまり「職務遂行能力」というのは、現在提供されている労働力だけでなく、将来の様々な、且つ広域な任用の可能性も労使双方で許容する性質を有することになる。任用の可能性だけでなく、将来の可能性の余力も含めて評価され、更には前述した労働に徳目を取り入れたように、その任用をどのような精神的姿勢で担うことができる資質を有するか否かも含めて総合的に評価される。

定義の輪郭がうっすらとすることになるかもしれないが、現在実施している仕事の細目だけを評価しているのではないということである。このうっすらとした労働定義の輪郭が、日本の賃金管理の核心であり、それは、他国に類を見ない強みにもなり、性質を知らずに運用すると混沌となる。「同一労働・同一賃金」の議論の平行性の長期化は、多くの経営者や人事の実務家、現場に立脚した研究者が、世論の大勢やマスコミ報道の表面的な切り取りに押し切られず、この曖昧な労働の輪郭を是とする日本の賃金体系の効能を優れていると実感しているからだと思う。私も実務者の立場で、その価値を評価する一人である。

だいぶ脇道にそれてしまったが、「冠位十二階」に話を戻そう。学生時代、さまざまな会社の賃金体系の歴史を紐解きながら、日本の労使関係のエッセンスを探ろうとしていたのだが、そもそも、この原型は、この官位任用の仕組みにあったのだということを知り、その歴史の長さと人々の意識の根底に与え続けた価値基準の重厚さを痛感する。

この7月、新たに任じられた役割は、自分を鼓舞するものであったり、少し意気消沈させるものであったりするかもしれないが、自分の経験からも、第三者的な評価は、冷静に受け止めながらも、自分自身の価値基準と将来展望を堅持してほしいと願う。アイデアとして、自身でオリジナルな官職と位階表を作成し、自らに適切な位階を付与し、次に向けてその位階の階段を一歩一歩登っていくことを目指してみてはどうであろうか。複雑な人間関係社会の中で、予測不能な悪路を安定的に進む働き手の知恵なのかとも思う。自分で定めた原理原則を厳守し、自分だけの為でなく社会や家族、自分以外の人の為に少しでも役に立とうという役割意識を持ち続けた方は、正々堂々、自ら制定した立派な官職や位階を付与しよう。そして、その立場が、自らを一層成長させるはずである。

今日一日が良い一日となりますように、悲しみと困難、不安に向き合っている方に希望がありますように。良い週末をお過ごしください。新しく始まる一週間が皆様にとって豊かな一週間でありますように。

2023年7月21日  竹内上人

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