目白からの便り

キャリアの仕様書とチビ太のおでん

電化製品やAV機器、またコンピュータやその周辺機器には、取り扱説明書が付属している。最近の特徴はその取扱説明書が薄い。特に市場を凌駕しているスマートフォンに至っては、がっしりと梱包された箱の中にはそういった類のものを探し出すことはできない。製品自体の利用価値が、補足説明を要する必要がないほど操作性に優れている。この段階に至るまで様々な試行錯誤が繰り返され、使い手側の状況を想定した設計がされるのであろう。すこぶる多くの新技術が凝縮された製品であるので、設計詳細は極めて高度で複雑な仕掛けの塊であるのにもかかわらず使い手側はその価値を自然に堪能できる。

その風景は自動車でも同じである。自動車販売員の簡単な説明はあるにしても、説明書を読んで運転をする方は稀である。それほど製品としての完成度が高い。顧客の視点に立った製品の提供価値や目的が何かを突き詰めた結果出来上がった代物だからである。

転職を考えている方の履歴書や職務経歴書から仕事の変遷で苦難を積み重ねてきたことが痛いほど読み取れることがある。本人にとってあまりにも過酷な苦労があると、働き手としての職業価値が分かりづらいことがある。経験やスキルの特徴や強み、転職先に対しての提供価値が曖昧になり、あれもこれもと盛り込み、自分自身を表現するストーリー自体も迷走する。こちらが質問すればするほど、本人は自信を喪失してしまう。

私はそうした状況に陥っている方のキャリアにおけるアドバイスとして、「チビ太のおでん」をたとえ話として用いる。チビ太は、赤塚不二夫の漫画である「おそ松くん」(1962-1969)に登場する人物である。チビ太のおでんは、3つの具(コンニャク、ガンモ、ナルト)が串にささっている。

一つ目の具は、「なぜ現職を離れたいのか」、二つ目の具は、「なぜこの会社を応募したのか」、最後の具は、「この会社でどのような貢献ができるのか」、これらの具が一本の串で筋の通った物語性、論理性、一貫性があるか否かを問いかけることにしている。最初にこの質問に対する答えの多くは、それぞれの具についてきちんと考えが整理できている方でも、一貫性がない方も多い。味付け、風味もバラバラである。キャリアの買い手の人事担当者からすると、買い求めにくい「おでん」である。限られた時間で、履歴書や職務経歴書を丹念に読み返し、その人の持つ価値が何であるかを苦労しながら読み解き、精査する手間を有することになる。

人のキャリアと商品の扱いやすさを同じ土俵で評することは、ためらいもあるが価値交換の取引の構造には違いがない。経営者や人事担当者は、自社の戦略実現に向けて、人材採用においても限定された情報の中でも、可能な限り「取引費用」(Williamson 1975)の最適化を試みる。

最近は、「チビ太のおでん」というと馴染みがない方が多くなっているのも悩みである。最初に、「チビ太のおでん」って知っていますか。と尋ねる。笑顔とともに知っていますよという答えだけで、今日の私の説明の大かたは伝わるだろうと安堵する。わかりやすく相手に伝えること、製品や商品であってもキャリアであっても変わらない。シンプルに自己の職務経歴書を読み返してほしい。そうした職務経歴書をみて、バカボンのパパもきっと「これでいいのだ」と安どするだろう。

今日一日が良い一日となりますように、悲しみと困難、不安に向き合っている方に希望がありますように。良い週末をお過ごしください。新しく始まる一週間が皆様にとって豊かな一週間でありますように。

2022年6月24日  竹内上人

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