目白からの便り

人格の陶冶 価値あるものについて

見えない不安と恐怖とに対峙ながらも、この連休は天候も良い日が続いている。今朝の松本も快晴を確信させる空が広がり、王が頭の山頂の稜線がくっきり浮かび上がる。この時期、登山の基礎体力づくりの為に登っているのだが、人との接点が少ない近郊の登山道を歩いていいものか思案もする。

長期の休暇にはいると、繰り返す習慣がある。書棚に一冊の古ぼけた文庫本があり、何度となく引き出されるため、そのくたびれ方も悲哀が漂う。「学生に与う」と題された河合栄治郎氏の著作である。この本の紹介は、以前にもこの週報でも紹介した記憶がある。河合氏は当時の東京帝国大学の経済学部の教授であり社会政策・労働経済研究の第一人者でもあった。学生にこうあってほしいという氏の願いを込めたものでもあるが、広く働く人にも絶賛された書籍でもある。1940年6月15日に日本評論社から出版され、戦時下の統制が厳しくなる中、河合氏は1942年に一切の文筆活動を禁止され、1943年には出版法違反にて有罪判決、翌1944年に亡くなっている。

本は27章から構成され、その時の気持ちに素直に反映して、気になる項目をめくる。気になる箇所は赤鉛筆で印がつけられ、すぐに目に入る。第一部「価値あるもの」の中に組み入れられている「教養」の項に目が留まる。教養とは、『自己が自己の人格を陶冶(とうや)することがすなわち教養である』と記している。多くの本を読み、音楽や芸術の知識を蓄えることが必ずしも教養ではないと言う。続いて、『雄々しいが惨ましい(いたましい)人生の戦いである』と続く。

困難な環境や避けられない病に直面して、その境遇をどう受け止め、どのように自己の滋養として胎内に吸収していくかが問われる。人格を陶冶すること自体が、艱難や試練を受け入れることでもあるならば、忍耐を覚え、練達を試み続けることが大切なことなのであろう。真っ向勝負をすると疲れ果ててしまうこともある。時々、息抜きしながらまた元の道程に戻ればいい。続けることによって希望も生まれる。キャリアも仕事の熟練度も、特に逆境の過ごし方で磨かれ方が異なるように思う。専門能力を超えた仕事を通じての他者への深い影響力は、その困難への向き合い方の積み重ねの質であると思う。

いつもと異なる5月の連休、75年ほど前、53年間の生涯を人格の陶冶を課しながら自由を堅持し、国家の抑圧にも屈せず、言葉で自由を全うし、学生や広く多くの人に愛情をもって語りかけ、信念をもって格闘した研究者の心意気に深い敬愛の気持ちに励まされる。

今日一日が良い一日となりますように、今まで経験をしたことがない困難に向き合っている方、深い悲しみ向きあっている方に希望がありますように。良い週末をお過ごしください。新しく始まる一週間が皆様にとって、豊かな一週間でありますように。

松本にて 竹内上人

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