目白からの便り

線香の煙と信頼

みなさま

今朝の都内は、少し雲がかかりどんよりした日となっている。私にとってはこの5月の後半は夏に向けての期待が膨らむ時期でもある。今年こそは、昨年断念してしまった夏の登山計画を実現したいと強く念ずる時でもある。

京都のお線香を家業とするお店の家訓に目が留まり、その言葉が脳裏に沈殿している。私にとって、思考が空白になった時に思い出される言葉でもある。企業のありかただけでなく人としての立ち居振る舞いにも通じる。

『細く 長く 曲がることなく いつも くすくす くすぶって あまねく 広く 世の中に』
(京都 松栄堂 家訓)

家訓であるから、その家の家業をどのようにマネジメントしていくかを、先代が後世の継承者に戒めをもって伝えたい言葉なのであろう。
この言葉が、「働く人」のキャリアの積み重ねの在り方と重ね合わせられる。いくつかの企業の研修を受け持つ。多くの働く人が、自分自身のこれからの働き方の基本デザインをどのように描いていけばいいのかを考える。普段使わない思考なので戸惑いながらでもある。現在を肯定しつつも、これから先、このまま歩んでいけばいいのか、普段は表に出すことをためらうこの厄介な難題を研修の場によって、物置小屋の奥から引っ張り出される。

私は、ひとり一人のキャリアの設計も、企業の戦略策定の描き方と類似性があると考えている。正しい経営戦略を有している会社は、市場からも求められ続けられ、社会に不可欠な価値を提供し続ける。当然のことながら組織のモチベーションも高く、また働く人たちの職業倫理も高い。
個人が向き合うキャリアの設計図も同じようなことがいえる。極言すれば正しい手順と描き方で、キャリアデザインという自分自身の職業計画書を策定し、日常管理のプロセスで自己マネジメントを適切に行えば誰でも社会にとってより頼りにされる卓越した人材になるのだと。

そしてこれは、持って生まれた素質ではなく、あきらかに後天的に習得できる技能なのである。企業経営がそうであるように、活動の沈滞を市場や顧客に転嫁した瞬間にその組織の自律性は劣化する。成長を急ぐあまり、論理の飛躍した経営判断をすることによって手痛いしっぺ返しを食らう。生身の人間のキャリアも他社にその自己の不活性化の原因を転嫁した瞬間に輝きを失ってしまうし、論理的にストーリー性がない職業選択をしたとたんにキャリア上の脱線をしてしまう。混沌とした職業環境に落ち込んで途方に暮れている方の救援活動も行いつつ、こうした気づきや学びの場を提供したいとも思う。

線香であるから、おそらく香りが伴うのであろう。良質なプロセスで創り上げられた線香の香りは、多くの支援してくれる仲間を引き付ける。そして変わらない香りを醸し出し続ける信頼観が長い時間の積み重ねとともに揺ぎ無く築かれる。

企業も人も。

今日一日が良い一日となりますように、特に悲しみや困難に向き合っている方に励ましがありますように。また、良い週末をお過ごしください。新しく始まる一週間が皆様にとって、豊かな一週間でありますように。

都内にて 竹内上人

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