都内のいたるところでリクルートスーツに身を包んだ学生の集団に遭遇する。政府が企業に「就職・採用活動に関する要請」で定められた採用選考活動が開始される6月1日を節目に、就職に向けて活動している多くの学生にとっては、実質的な内定先企業を確定し、試行錯誤した就職活動に終止符を打つ。採用選考解禁日が、内々定日となる傾向は昔から変わらないが、会社説明会が解禁される3月1日から選考活動が本格化し、4月に入ると早々に内々定を口頭で告げられた学生が安堵しながら、次は、どの内々定先に最終的に入社先を決めるのか悩む期間でもある。この6月、まだ活動中の学生にとって焦りは募るばかりであろう。
人事担当者にとっても、6月1日を境に内々定辞退がどの程度になるか心配しながら過ごす日々もいったん終了する。早期に内々定をだすが、主要企業の選考活動が終了する節目となるこの時期にならないと、本当に予定していた学生が自社を選んでくれたかどうか安心できない。こうした新卒学生の選考スケジュールは、若干時期は変わるが、仕組み自体は、私が企業に入社し採用担当者として日々を過ごした30年以上前とあまり変わっていない。雇用の流動化が進み、その制度的不備を危惧しながら日本企業の一般的な採用スタイルは、「一括新卒採用」を基本としている。
企業を選ぶ側の学生も、学生を選ぶ側の人事も、長い神経戦を繰り返すのであるが、学生にとってキャリアの意識の中には、どうしても「職種」の概念が欠落する。どの業界を選ぶのか、どの企業を選択するのかというところに神経のほぼすべてを注ぎ込むので仕方がないのであるが、入社後も、基準となる職業観をもつことなく、受動的に付与された専門的な経験を積み重ねることになる。幅広いローテーションの中で、人材育成を行い、適材適所を突き詰めていくことが応用動作と思考に長けた人材育成にすこぶる有効であることは確かであるが、願わくは、基準となる専門領域を鏡にし、多様な職種と格闘することができればその経験の質は一層深いものになる。
「職業選択の父」と呼ばれキャリア理論の立役者のフランク パーソンズ(Frank Parsons,1854-1908)は、職業の選択には、1)自己分析、2)職業分析、3)理論的推論の3つの要素が必要であると提唱した。自分を正しく、肯定的過ぎず、否定的過ぎず、等身大で描写すること、多くの職業がこの世にあり、それぞれの職業の内容と特徴を知ること、そして、自己と職業の関係性の最も良い組み合わせを理論的に推論することだと提唱する。私が学生と接する限り、自己分析に比べて、職業分析に割く時間が圧倒的に少ないことに気づく。この世に多くの価値ある職業があり、多様性に満ちているということに視界を広げる時間的、精神的な余裕がないのであろう。
「就職」という言葉が構成される本来的な意味は、やはり生涯歩むべき「職業」に就くという意味が語源としてあるのであろう。たとへ、本来の想いと異なる職業についていたとしても、意識として自分の基軸となる職業は何か考え続けることが大切なのだ。さもなければ会社を離れざる得なくなった時にキャリアにおける自己のアイデンティティーを失い、途端に迷走する。企業にとっても単に年齢を積み重ねてしまった職業観に乏しい組織依存体質の人材を抱え込むことになる。自らが寄って立つ職業観をもつことが、悪路が続いても、キャリアにおける卓越した操縦者になる。キャリアを深く考えるということは、生き方を考えるということでもある。人間性を磨くことでもある。最初の就活がうまくいかなくても、確固たる職業観と職業を通じて自分以外の人や社会の為にどのような貢献ができるかという意識を持ち続けていればキャリアの前途は安泰である。就職活動は、その本来的な意味も含めて、仕事を始めた以降も天職を全うする為の活動であり、生を受けている間はずっと続く。
就活と格闘している学生に伝えたいことは、6月以降も積極的に選考活動をしている良質な中堅・中小企業、さらには法律事務所や会計事務所など専門的な職業の場はまだまだ多くあるということである。最後まで粘りづよく「職業」について真剣に向き合いながら生涯を通じて取り組む働く場を選択してほしい。そしてもっとも大切なことは、皆さんは企業から選ばれる側だけでなく、企業を選ぶ主体者であるという自覚である。その強い気持ちが企業の経営者や人事担当者の心を動かす。
今日一日が良い一日となりますように、悲しみと困難、不安に向き合っている方に希望がありますように。良い週末をお過ごしください。新しく始まる一週間が皆様にとって豊かな一週間でありますように。
2022年6月14日 竹内上人
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