先日、国営放送の番組で「100カメ」で東海道新幹線の現場を特集した番組を視聴した。鉄道ファンであれば、その運行システムや保守体制、そして現場のリアルな姿に引き込まれたことだろう。しかし私が見ていたのは車両でも設備でもない。そこにいる「人」であり、その人たちが歩んできた「キャリア」であった。番組では、運転士、保線作業員、車両メンテナンス技術者、改札業務担当者、発券窓口スタッフなど、多様な職種が紹介されていた。
私が特に印象を受けたのは、車両保全基地で新幹線車両の整備を担当する現場で活躍する女性技能者たちの姿である。鉄道業界、とりわけ保線や設備保守といった現業技能職は、長年にわたり男性中心で発展してきた職域である。そのような環境の中で、女性技能者が自然体で専門性を発揮し、チームの一員として重要な役割を担っている姿は非常に象徴的であった。
私は以前から、多様性の議論を単なる公平性の問題として捉えることに違和感を持っている。もちろん公平性は重要である。しかし経営戦略の観点から見れば、多様性の本質的な価値はそこではない。マイケル・ポーターの差別化戦略の考え方*1)を援用するならば、多様な経験や価値観を持つ人材が組織にもたらす知見そのものが競争優位の源泉となる。設備やシステムは投資をすれば追いつくことができる。しかし人材が持つ経験知や洞察力、現場で培われた暗黙知は簡単には模倣できない。女性技術者の活躍は、単なる人材構成の変化ではない。組織に新しい視点を持ち込み、既存の価値観を刷新し、組織学習を促進する組織おける戦略的資産なのである。イノベーションは、「新結合」によって生み出されるのだから。
また、改札業務を担当する女性職員の姿も印象に残る。彼女は社内接客コンテストでトップクラスの成績を収めた人物である。膨大な数の旅客が行き交う駅構内で、外国人旅行客も含めた多くの利用者を瞬時に判断し、適切な方向へ案内していく。その動きは実に鮮やかだった。数秒という短い時間のなかで状況を把握し、最適な判断を下す。おそらく私たち利用者は、その凄さに気付いていない。しかしこれは接客というよりも、むしろ高度な実践知である。経験を通じて身体化された専門技術と言ってもよい。ところが、その仕事を終えたあと、彼女は小さくこうつぶやいた。
「私、こんなに性格悪くなかったのにになぁ」
私はこの一言が忘れられなかった。周囲から見れば十分以上に見事な対応である。しかし彼女の中には別の葛藤があったのだろう。駅という空間では、一人のお客様に長く対応することが必ずしも正解ではない。数万人の移動を支えるためには、時として効率性を優先しなければならない。もっとゆっくり話を聞いてあげたい。もっと丁寧に説明してあげたい。そう思いながらも、全体最適のために次のお客様へ向かわなければならない。この言葉には、職業上のミッションと人間としての優しさとの葛藤が込められているように感じた。私はここにプロフェッショナルの本質を見る。優れた職業人とは、感情を排除して機械のように働く人ではない。むしろ、人間的な感情を持ちながら、それでもなお自らの職責を全うする人である。その姿は実に粋だった。誰かに評価されるためではなく、自分自身の理想を追い求める。その理想と現実の間でぎりぎりまで格闘する。私は十分に格好良いと思った。やっぱり仕事には、自分の美学を追求するカッコよさがなければならない。突き詰めた仕事のカッコよさは、一瞬周囲にとっつきにくさを感じさせるかもしれないが、素の自分の開示により、他者に励ましと勇気を与える。
(次回に続く)
今日一日が良い一日となりますように、悲しみと困難、不安に向き合っている方に希望がありますように。良い週末をお過ごしください。新しく始まる一週間が皆様にとって豊かな一週間でありますように。
2026年8月28日
脚注
*1)Porter, M. E. (1980), Competitive Strategy: Techniques for Analyzing Industries and Competitors, Free Press, New York. ポーターは企業が競争優位を獲得するための基本戦略として「コスト・リーダーシップ戦略」「差別化戦略」「集中戦略」を提示。差別化戦略とは、顧客が価値を認める独自性を創出することで競争優位を確立する考え方。コラムでは、女性技術者や異業種経験者が組織にもたらす多様な知識・経験・視点を、模倣困難な人的資本として捉えた。
(コラム週報のバックナンバー)
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(e-learningの情報 人事やキャリアに関する講座)
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(学習院大学でのキャリアデザインの講座内容)
https://www.asahi.com/thinkcampus/pr_gu_5/
