目白からの便り

中小企業の人的資本経営について その9

副題:伝統的な人事慣行からのダイナミックな転換により限界企業化を回避する

日本の多くの企業における若年層の人材確保は「新卒一括採用、4月入社」での秩序が保たれている。昇給制度もなだらかなカーブを描く「職能給的な給与体系」で査定幅を拡大するもののその原型は、日経連が能力主義管理を提唱した1970年頃から基本的には変わっていない。従来、日本企業の人事システムは企業内部の労働市場を基軸とした高度な労働生産性を確保する上では有効に機能してきており、前述してきたようにその有効性を評価すべきである。しかしながら、情報基盤の進展に伴い、グローバルに雇用情報や報酬水準が公開され、共有化される傾向が強まる現在において、20歳代後半から30歳前後で高度な就労意欲と刺激的な自己効力感を期待する人材層に対しては、日本の人事システムは魅力的に映らず、若年層とってダイナミックな活躍とその魅力的な対価の可能性を予感させる期待感を充足させない。一部の若手は日本企業に就職するリスクを察知し、海外でのワーキングホリディーの仕組みを利用し、語学の習得と、様々な就業体験、高い報酬の可能性を追求し始めている。こうした人事制度の硬直性は、日本の若年層だけでなく、多国籍人材、女性やシニア人材の積極的活用を展開するうえで、打破していかなければならない人事的な処遇・雇用体系の課題でもある。

私たち大人は、慣れ親しんだ労働慣行に甘え、自らの既成概念に陶酔し、既得権益にこだわり続け、こうした閉塞感を若年層に持たせ続けてよいものかと思う。人的資本経営の問いかけは、戦後の荒廃からいち早く抜け出し、人材活用の巧みさにおいて世界の羨望を受けた日本企業の経営者が、このあたりで、もう一度大胆に挑戦する絶好のタイミングでもある。日本は今後少子高齢化が進み、圧倒的に若年労働力が不足する。要員不足を定年延長で補うだけの高齢化した要員構造では、グローバル競争で諸外国の活力ある企業と対峙していくのは至難の業だ。特に日本の産業構造の中で主力の中小企業では問題は深刻である。今後15年から20年の時間軸では、限界集落(大野晃,2007)のような若年層が極端に少なくなる「限界企業」の領域に突入することが要員構造のシミュレーションから予測できる。

個別企業によって、その人的資源の構造変化のスピードにはばらつきがあるものの傾向は同じシナリオを歩みそうである。いつまで持ちこたえられることができるのか、経営者の最も重大な関心事である。私はよく中小企業の人事制度、特に賃金体系の設計を支援することが多いが、最初に要員構造のシミュレーションを行い現実直視となりゆきで経営を続けると10年後、20年後どのような要員構造になるかから議論を始める。その要員推移のグラフを眺めながら経営者の方と経営戦略や経営の想いとの整合性について意見交換する。大企業は、優秀な人材を新卒採用市場でも優位的に確保できるので切迫感は低い。中小企業は、そこがチャンスでもある。人的資源の絶対量を確保する上で、早く組織内部の様々な環境を多様化に対応できるようにしていくことが肝要である。

多様化対応は、今まで労働市場において主戦力となっていなかった人材層に積極的なメッセージを送ることになる。世間に出るに出られず悶々としていたジョブマイノリティーの方々を刺激し、引き寄せる。多様化雇用に柔軟な仕組みが出来上がれば、しめたものである。新卒一括採用という硬直した人事制度の弊害も低減し、海外に流出した日本人の若手にも魅力的な存在になるだろう。ピンチにたっている中堅・中小企業は、将来の危機意識を肯定的に捉えることにより、大企業よりグローバルで多様な人材獲得競争で優位に立つことができる。反転攻勢に出る絶好の機会である

今日一日が良い一日となりますように、悲しみと困難、不安に向き合っている方に希望がありますように。良い週末をお過ごしください。新しく始まる一週間が皆様にとって豊かな一週間でありますように。

2024年4月26日  竹内上人

(コラム週報のバックナンバー)
https://mcken.co.jp/category/weekly-column/

(e-learningの情報 人事やキャリアに関する講座)
https://mcken.co.jp/e-learning/

※現在連載中のコラムは、今年3月に発行された中部産業連盟機関紙『プログレス』寄稿文の原文
(今回のコラム全編での参考文献)

その9の参考文献
大野晃 『山村環境社会学序説: 現代山村の限界集落化と流域共同管理』 農山漁村文化協会 2005年

その1からその8までの参考文献
石田光男『仕事の社会科学』(ミネルヴァ書房)2003年
今野浩一郎『同一労働同一賃金を活かす人事管理』(日本経済新聞出版)2021年
竹内倫和『自律的キャリア形成態度と職務探索行動結果に関する因果モデル』(商学集志)2020年
江夏幾多郎 『人事評価やその公正性が時間展望に与える影響:個人特性の変動性についての経験的検討』組織科学 V ol.56 No. 1 : 33-48 (2022年)
守島基博『全員戦力化 戦略人材不足と組織力開発 』(日本経済新聞出版)2021年
城山三郎『官僚たちの夏』(新潮社、1975年)。
伊丹敬之『イノベーションを興す』(日本経済新聞出版社 2009年)
米山 茂美『リ・イノベーション視点転換の経営: 知識・資源の再起動』(日経BP日本経済新聞出版本部)2020年
藤原雅俊『生産技術の事業間転用による事業内技術転換』(日本経営学会誌)2022年
Amy Edmondson Psychological safety and learning behavior in work teams
Administrative science quarterly 1999

関連記事

新着コラム

  1. クリスマスに思うこと 大丈夫、もう少し時間がある

  2. 障害者のキャリアデザインの環境設計 特例子会社をどう育てるか

  3. 障害者のキャリアデザインの必要性と責任主体

PAGE TOP