目白からの便り

いやいやえん

何気なく新聞の文化欄を眺めているとカラーで写し出された書籍の写真に目を引き寄せられる。その本は、赤い表紙で、中央に男の子とクマが向き合い、タイトルに白抜きの文字で『いやいやえん』と書かれている。その見覚えある写真に引き寄せられるように記事を読む。

この本の作者は、中川李枝子(りえこ)さんである。多くの子供たちに親しみのある物語を創作した児童文学作家である。その中川さんが、先月10月14日にお亡くなりになった。中川さんのことは、お名前より描かれた書籍のエピソードとして私の記憶の中で、心の奥深く沈殿している。代表的な物語では、『いやいやえん』、『ぐりとぐら』、『そらいろのたね』がある。どの本も幼少期に何度も触れていることから、その書籍の表紙のイラストイメージが、半世紀以上たった今でも鮮明に画像として脳裏に写し込まれている。私と同じ年代の方の多くは、中川さんの書籍はそのような存在なのではないだろうか。

今、これらの本は実家のどこか本棚か倉庫の中にしまい込まれているのであろうか。それともすでに処分されてなくなっているのだろうか。もうすぐ米寿を迎える高齢の母親に連絡して、その所在を確かめようとも思ったが、探しだす過程で、ひっくり返ってでもしたら後々大変かと思いとどまった。私の母親は保育園の保母としてのキャリアを定年まで続けていたので、実家には多くの児童書があった。中川さんの書籍は、この3冊に限らず存在していたことを覚えている。

この『いやいやえん』の物語は、登場する主人公のしげる君という男の子が成長するストーリーで、幼少期特有の「いやいや期」を温かみに包まれた物語に仕立て上げられ、当時の子供たちだけでなく、むしろ子育てに悪戦苦闘している親にとっての心の支えとなる児童育成の教科書だったのだと思う。

作家の中川さんも、そのキャリアは都内で開設された無認可保育園である「みどり保育園」の現役の保母であったとのこと。実際に保育をする現場で、子供たちと触れ合う目線で書き記された書籍の数々は、抽象的な物語でありながら、強烈なリアリティーを読み手に問うのであろう。それは、情動に支配された幼少期の子供にとっても、そうした成長途上にある子育てに悩む親にとっても深い共感を引き寄せる。

もうひとつ代表作である『ぐりとぐら』の話の中に出てくる大きなフライパンで焼き上げる、ふんわりとした、卵色のホットケーキを眺めるたびに、母親にこれと同じような大きなホットケーキを焼き上げてほしいと懇願した記憶がかすかに残る。焼きあがった大きなホットケーキを、熊やリス、小鳥など森に住む様々な動物の仲間たちとみんで分かち合い、楽しそうに食べているという物語の結末は、労働の対価をそれぞれの動物の身体の大きさに応じて分配するという公正観の基準と友愛の精神の高貴さを教え込まれたようにも思う。マネジメントの専門書籍からも多くのことを学習できるが、優れた児童文学書からも人間にとって大切なことを学ぶことができる。

「いやいやえん」も「ぐりとぐら」も幼少期の子供の目線に立ちながらも人間として大切な観点を伝えていこうとする奥ゆかしい姿勢に深い共感をいだく。これからしばらくの間、実家のどこかに眠っているであろうこれらの書籍に再会できることを心待ちにする時間を楽しみたい。

今日一日が良い一日となりますように、悲しみと困難、不安に向き合っている方に希望がありますように。良い週末をお過ごしください。新しく始まる一週間が皆様にとって豊かな一週間でありますように。

2024年11月8日

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