留学生向けの大学の講義も今週で終わった。後期の講義は、リーダーシップとEQ(こころの知能指数)をテーマに構成したものである。最終講義は、後期15回で学んだことを、自分自身で12枚程度のスライドと映像作品にまとめ上げて発表する。また、EQとリーダーシップの講座は、4~5名のグループで理想的な組織をどのように組み立てていくかをまとめる。今期の学生の発表は、総じて卓越していた。学生なりに読み解き、考え、創造したスライドは目を見張るものがあり、発表も堂々としていた。論点の拾い方、構成のわかりやすさ、視覚化の工夫――いずれにも自律性が感じられた。
最終講義の発表の場で事件が起こった。チーム発表のプレゼンを最終的にまとめ上げる役割の学生が、インフルエンザで出席できなくなったのだ。順番を最後に回したものの、件の学生からの応答は途絶えたまま。本人は「送った」と言うのだが、どうやらこちらに届いていない。そこからチームの緊急対応が始まった。その日のメンバーは、欠席した男子留学生を除けば、日本人の男子学生が1名、女子留学生が3名。私は教室の後列で、他のチームの発表に耳を傾けながら、スライドを失ったチームの様子を観察していた。彼らは合間に短い相談を重ね、役割を入れ替え、論旨の接続を確かめている。自分たちの発表の順番が近づくにつれ、顔つきに安ど感と明るさが戻っていった。
発表は、手元に残っていた部分的なスライドと映像コンテンツを投射しながら、足りない部分をメンバーが交互に、表現豊かに補っていくというものになった。危機に直面した組織でありながら、彼らの語りはむしろ熱を帯びた。固定化された担当に頼らず、その場で役割を融通し合い(相互調整)、論点の骨子を守りつつ接続と結論を再構成していく。個々が萎縮せず補い合える空気(心理的な安全)も保たれていた。結果として、即興の精度と団結心が、資料の欠落を凌駕する形で現れたように思う。
授業が終わった後、そのチームの雰囲気は明らかに一体感に満ちていた。危機を一緒に乗り越えたことからくる連帯が、利益共同体としての仲間意識を醸成していたのだろう。組織には「リーダーシップ(Leadership)」だけでなく、それを相互に支える「フォロワーシップ(Followership)」の良質さが不可欠である。そして最終的には、チームとして何かを成し遂げる一体感、「メンバーシップ(Membership)」にたどり着く。そのとき「私(わたくし)の利益」はうすれ、共同の成果を分かち合うことの意味が、自然に強まっていく。
友人と食事をしながら、「パイは焼いてから食べよう」という話で盛り上がった。パイ生地をこねている時点で、焼けてもいないパイの取り合い合戦を始めても仕方がないし、身の丈を超えた大きさのパイを空想して配分表だけ先に作るのも、どこか滑稽である。まずはチームとしてよく焼く――すなわち学習し合い、仕事を設計し、連携の質を上げ、付加価値を実際に生み出す。そうして焼き上がった後にどう分けるかを冷静に話す。労使関係に置き換えれば、「パイ」は生産された付加価値であり、先にあるのは共同の創出、次にあるのが公正な分配である。創出の設計と分配の設計は二者択一ではない。むしろ、透明な情報共有、手続きの公正、将来への再投資に対する合意が、パイを大きくし、同時に分け方への納得を高める。創造なき分配は続かないが、公正な分配なき創造も長続きしない――この二つを、現場で往復しながら整えることが、結局は信頼と成果を同時に育てるのだと思う。
チームとして成し遂げた後であれば、分配は不思議と落ち着きを取り戻す。誰がどれだけ貢献したかという議論にも、自然と誠実さが宿るからだ。
ちなみに、このパイとはどのようなパイだろうか。私のイメージは、労働運動発祥の地の一つである英国の、伝統的なお菓子の定番――アップルパイである。手順を守り、火加減を見極め、丁寧に焼き上げる。その当たり前の積み重ねが、結局いちばんおいしい。
今日一日が良い一日となりますように、悲しみと困難、不安に向き合っている方に希望がありますように。良い週末をお過ごしください。新しく始まる一週間が皆様にとって豊かな一週間でありますように。
2026年1月30日
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