目白からの便り

あなたは、自転車の補助輪が取れた瞬間を覚えていますか

あなたは、自転車の補助輪が取れた時のことを覚えているであろうか。私は、その瞬間の風景を鮮明に覚えている。夏休みの終わり頃の夕方、小学校の閑散とした校庭。補助輪が取り外された自転車に緊張と共にまたがり、後ろから母親が勢いよく押し出してくる圧力を感じる。いつもは、右へ、左へ傾きながらガタガタ補助輪を景気良く鳴らせていた時とは異なり、自身の緊張が自転車と一体化し、乱暴な勢いで前に進む。歓喜の旋律が身体中を駆け回る。ついに補助輪なく自転車に乗れた達成感で満ちる。

2週間前、信州大学の夏季集中講義でゲスト講師としてロータリークラブでもお世話になっている友人を講師として招く。彼は自転車競技のオリンピックの選手でもあり、その後、マウンテンバイクの日本代表チームの監督も経験する。講義の後半、学生に語り掛ける話で驚いた。彼は、二人の子供を持つ親からの依頼で、補助輪が取れずに苦しんでいる子供たちの自転車の乗り方を直接出向いて指導するという。そこにはビジネスの感覚はない。子供達が少しでも自転車が好きになってくれると思うとその場に行って、その大人への脱皮の手伝いをしたいのだとにこやかだが強い意志をもった表情で答える。

自転車の補助輪の取り外しは、大人から見れば小さな出来事だが、子供としては、大きな飛躍の第一歩である。今までの行動範囲が格段に広がる。風をきって進むスピード感は自身を刺激する。

子供だけではなく、人間には怖さを乗り越えて、チャレンジする機会に幾度か直面する。新しいこと、困難なこと、複雑なことなど、面倒なこと、できれば避けて通りたい気持ちになることも多い。洋酒メーカーの「成人の日」の広告でかつて、伊集院静さんが、こう語りかけている。「分岐路で進路に迷ったら、下り坂より、上り坂、追い風より向かい風を選ぼう」そうだよなぁと自分を鼓舞したりする。

『できるかできないか、そんなことはどうでもいい、人間は何をしたかではなく、何をしようとしたかが大切なんだ』、こんなようなセリフを俳優の高倉健は役柄を通じて語っていた。先日、あるミュージシャンの歌を聴く機会があった。10,000回だめで、へとへとになっても、10,001回目は変わるかもしれないという歌詞のメッセージ。勇気づけられ背中を押される。

子供だけでなく、大人も補助輪にすがりたい気持ちになることも多い。転倒して、ひっくり返って、少々擦りむき、切り傷ができても、補助輪のない精神の自立とスピード感は大人でも爽快に違いない。

今日一日が良い一日となりますように、悲しみと困難、不安に向き合っている方に希望がありますように。良い週末をお過ごしください。新しく始まる一週間が皆様にとって豊かな一週間でありますように。

2023年9月1日  竹内上人

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