目白からの便り

キャリア設計の実践的方法序説

伊勢市内は、山の頂に低い雲がかかる朝を迎えている。私が暮らす信州の山とは異なり、柔らかい形状の山に落ち着きを抱き、またこの地が持つ神聖な空気に心が和らぐ。

昨日、講座をもつ学習院大学のキャンパス内で守衛所から講師控室のある建物に向かう道の両脇に並んでいる立て看板に目が留まる。大学の哲学会が主催する講演会の案内だった。そこには、『「家訓」研究から見えて来ること』と書かれている。

私の担当するこの大学の講座が「経営総論」であり、実業の世界にいる自分の役割として、特に経営理論をより実践の場面に適した形で分かりやすく伝えることに毎週思案する。なんとしても聞きたいと思い講演日程を予定表に書き込む。

記憶の中に深く沈殿している家訓がある。それは、京都のお線香を家業とするお店の家訓で私自身が自己の会社の経営に戸惑いを覚える時に思い出される言葉でもある。企業のありかただけでなく人としての立ち居振る舞いにも通じる。

 『細く 長く 曲がることなく いつも くすくす くすぶって あまねく 広く 世の中に』
(京都 松栄堂 家訓)

家訓であるから、その家の家業をどのようにマネジメントしていくかを、先代が後世の継承者に戒めをもって伝えたい言葉なのであろう。

この言葉が、「働く人」のキャリアの積み重ねの在り方と重ね合わせられる。企業研修を担当する時、そこで働く人が、自分自身のこれからの働き方の基本デザインをどのように描いていけばいいのかを考えてもらう要素を組み込むことが多い。受講生は普段使わない領域なので私の問いかけに多くの場合戸惑う。現在の会社での役割を積極的に肯定しつつ、これから先どのように自己のキャリアを磨き上げていけばいいのか、普段は表に出すことをためらうこの厄介な難題を物置小屋の奥から引っ張り出される。

私は、ひとり一人のキャリアの設計も、企業の戦略策定の描き方と類似性があると考えている。正しい経営戦略を有している会社は、市場からも求められ続けられ、社会に不可欠な価値を提供し続ける。当然のことながら組織のモチベーションも高く、また働く人たちの職業倫理も高い。
個人が向き合うキャリアの設計図も同じようなことがいえる。極言すれば正しい手順と描き方で、キャリアデザインという自分自身の職業計画書を策定し、日常管理のプロセスで自己マネジメントを適切に行えば誰でも社会にとってより頼りにされる卓越した人材になる。

そしてこれは、持って生まれた素質ではなく、あきらかに後天的に習得できる技能なのである。企業経営がそうであるように、活動の沈滞を市場や顧客に転嫁した瞬間にその組織の自律性は劣化する。成長を急ぐあまり、論理の飛躍した経営判断をすることによって手痛いしっぺ返しを食らう。生身の人間のキャリアも他者にその自己の不活性化の原因を転嫁した瞬間に輝きを失ってしまう。また、論理的に物語性がない職業選択をしたとたんに脱線をしてしまう。混沌とした職業環境に落ち込んで途方に暮れている方の救援活動も行いつつ、こうしたキャリアに関する実践的方法の気づきや学びの場を提供したいと強く願う。

線香であるから、おそらく香りが伴うのであろう。良質なプロセスで創り上げられた線香の香りは、多くの支援してくれる仲間を引き付ける。そして変わらない香りを醸し出し続ける「信頼」が長い時間の積み重ねとともに揺ぎ無く築かれる。

今日一日が良い一日となりますように、特に深い悲しみと困難に向き合っている方に希望がありますように。良い週末をお過ごしください。新しく始まる一週間が皆様にとって、豊かな一週間でありますように。

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