副題:公正感を軸にした人材投資の仕組み
中小企業において、働き手の一人ひとりの賃金の管理は、賃金体系もまだ未整備で、賃金台帳に記載された従業員一人ひとりを直接管理する会社も多く存在している。明らかに経営者の主観的な判断で、働き手のひとりひとりの報酬としての値札をつけているのだが、この行為自体は、まさしく職能的な評価を経営的視点でじっくり吟味しながら熟慮しているのである。『この社員は今年これだけ頑張って、来年はこういったことを経験させればもっと大きく成長し会社にとって必要不可欠なる人材になるはずだ。』という固い信念と将来を託する期待感の中で昇給作業をしている。過去と現在と将来にわたっての総合的な評価によって報酬を決める過酷な作業を経営者は自問自答しながら行っているのが現実であろう。
さらに言えばそのプロセスの中に、『この社員は今年結婚していろいろ物入りだろう』、『来年は子供が高校進学するのだろうから教育費にお金がかかるのではないか』という仕事以外の属人的な要素にも心を配り、そうした直接仕事とは関係がない要素や感情を賃金の配分のプロセスの中に組み込む格闘をしながら設定をしているのも間近で幾度となく立ち会ってきた。もちろん仕事の対価としての賃金という考え方では、論外なことである。
しかしながら、こうした属人的な要素に加減をくわえるという行為は、家族主義的なマネジメントを大切にしている中小企業にとって、大企業ではなし得ないマネジメントの妙でもある。きわめて人間的な行為は、従業員の働くモチベーションに対して何らかの影響があるというふうに考えるのが正しい人間理解なのであろう。経営には経営理論だけでなく、公正感という制度に直接関連しない要素、上司と部下との間にある信頼関係,部下の身の回りの状況が変化に対して知覚された影響の察知(江夏,2022)といった論理的な仕組みを超えた要素が多分に含まれる。仕事の成果や出来栄えというものは、上司と部下との間の信頼関係、同僚や上司、先輩からの励ましによる働く意欲の向上や確固たる動機づけ、上司に対する人間的魅力において魅了され、出来栄えが異なってくるのだという私の基本的な人的資源管理の思想の原点でもある。
人事の実務家としてすべきことは、賃金決定プロセスにこうした属人的な要素を多分に加味しすぎてしまうことは、働き手の中には、経営者が期待する公正感とは反対の感情をもたらしてしまう影響もある。ただ、面倒がらずに考えれば、会社の制度全体の中で人間集団としてのエンゲージメントを高める施策は賃金以外にも様々な手段があるはずだ。それが誕生日のお寿司パーティであったり、働く仲間相互の感謝の気持ちのポイント化とその褒賞であったり、会社が社員に貸し付けることができる臨時の温情ある融資制度であったりする。そうした人間的な公正感を感じさせる人的投資について試行錯誤しながら取り組んでいくことも組織の一体感を高める上では必要なことではないかと思う。
今日一日が良い一日となりますように、悲しみと困難、不安に向き合っている方に希望がありますように。良い週末をお過ごしください。新しく始まる一週間が皆様にとって豊かな一週間でありますように。
2024年3月1日 竹内上人
(コラム週報のバックナンバー)
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※現在連載中のコラムは、今年3月に発行予定の中部産業連盟機関紙『プログレス』寄稿文の原文
(今回のコラム全編での参考文献)
その1
石田光男『仕事の社会科学』(ミネルヴァ書房)2003年
その2
今野浩一郎『同一労働同一賃金を活かす人事管理』(日本経済新聞出版)2021年
竹内倫和『自律的キャリア形成態度と職務探索行動結果に関する因果モデル』(商学集志)2020年
その3
江夏幾太郎 『人事評価やその公正性が時間展望に与える影響:個人特性の変動性についての経験的検討』組織科学 V ol.56 No. 1 : 33-48 (2022年)