目白からの便り

試練によって磨かれる人間のしなやかな強さ

早朝の美ケ原山頂付近の稜線は、今この瞬間に薄い雲を突き抜けるように5月の強い力を有する朝日を背にくっきりと浮かび上がってきている。この時期は、夏の登山に備えて、残雪もなくなる三城牧場から茶臼山(2006 m)、美ケ原を経て、山頂の王ケ頭(2034m)まで登ることが通年の習慣になっている。

大学の登山部の集団だろうか、百曲がりのコースを相当な重装備を詰め込んだリュクを背負って隊列を組み、登山の訓練をする光景に出会う。恐らく何度か往復するのであろう。最後の急斜面は直登していた。こうした訓練の積み重ねによって、難度が高い山登りの為の身体を鍛え上げ、仲間を助け合う友愛の精神を磨き上げているのであろう。

人は訓練によって鍛錬され、人間としての力量がついてくる。同時に苦しい局面を真摯に向き合うことで人に対する友愛の気持ちを育み人間的な厚みが出る。外見は同じでも、厳しい局面に遭遇した時に立ち居振る舞いに歴然とした違いが出る。発する言葉から私心を感じさせない。苦難や試練の歴史は、その人の心の中に積み重ねられ沈殿していく。自らを律する厳しさや強さをもちながらも多様な背景や事情を抱えた人を包み込むしなやかな優しさを兼ね備えていく。

法隆寺・東大寺の宮大工の西岡常一棟梁の話し(伊丹敬之2007)に木を削る「かんな」の紹介がある。刃には「甘切れ」が大切だと。私は、いまだにその語感が持つ意味をつかみ切れていない。硬すぎては木と衝突し、刃が折れてしまうし、柔らかすぎると、削るという機能自体を喪失してしまう。木それぞれに合わせた「しなやかさ」により、良い削りができる。

しなやかな強さは、日々の丹念な仕事の後の道具の手入れの積み重ねから生まれてくる。人もたくさんの苦難と試練に向き合う、その時の向き合い方と手入れの仕方が大切なのである。避けて通りたい出来事から、何かを教訓として学び続ける人と、記憶から抹殺する人では、同じ叩かれ方をしても人間としての風味、風合いに違いが生じる。人が向き合う苦難や試練は、大切な将来の希望に繋がっている。

今日一日が良い一日となりますように、悲しみと困難、不安に向き合っている方に希望がありますように。良い週末をお過ごしください。新しく始まる一週間が皆様にとって豊かな一週間でありますように。

2022年5月20日  竹内上人

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