目白からの便り

日本的人事管理とは何だったのであろう 三種の神器と集団間の競争

大学での講義も第3週目に入り、受講登録も確定する。担当する講座で、日本的雇用についてのトピックスを人事の視点で取り込む。1958年にアベグレン氏の「日本の経営」(訳者:占部都美氏Urabe Kuniyoshi)が示した日本的雇用の特徴として、「終身雇用」、「年功序列」、「企業別組合」について、講義のディスカッションテーマとして活用している。これらは、1972年に松村正男氏(当時:労働事務次官)が「OECD対日報告書」で3つの特徴をまとめて日本的雇用の「三種の神器」という卓越したネーミングで広く日本の経営者、人事の人たちに刷り込まれてきた。海外の研究者が日本の競争力の源泉を指摘し、またこの効能を神秘的なネーミングで企業現場に浸透させたことによって、企業現場でその機能に更に拍車がかかった。

1969年、日経連能力主義管理研究会は、著書「能力主義 その理論と実践」で旧来の年功的人事管理からの脱皮をはかるべく、能力を基軸においた制度構築を産業界に提言した。この段階で、日本企業における集団的労使交渉による個別的賃金配分の原型が出来上がったのだと考える。私自身の研究テーマでは、1945年から賃金制度を活用した職場単位の原資配分のしくみによる「集団間の競争」のメカニズムもこの段階で終息することになる。その後の集団のマネジメントは、規模や形態を変容させながら、小集団活動(QCサークル)、そしてアメーバー経営につながるが、集団のダイナミズムを活用した人事施策は息をひそめたまま現在に至る。

最近では、これらのシステムは既に日本企業には定着しておらず、過去のものになり、日本の企業競争力を棄損している負の遺産になっているといった論調が一般的でもある。ただ、一方では、日本の雇用現場の意識の中では、長期雇用を前提とした人材育成、年齢にともなう賃金上昇期待欲求、組織共同体としての職種別の賃金差を排除する同質性は根強く沈殿しているし、その効用も否定できない。

講義では、終身雇用(Lifetime commitment)、年功序列(Seniority system)、企業別組合(Company based union)のひとつ一つのテーマについて、5人~6名のグループで、このシステムを採用するか、否かについて議論し、その決定と理由を全体で発表する予定である。例年、グループ討議は活発になり、全体共有セッションも真剣な空気を感じる。日本人学生は英語力の差もあり、少し押され気味だが、積極的に議論と格闘する。学生のこれらの仕組みのとらえ方は、ことごとく否定的である。それぞれの効用である雇用の安定性、企業内秩序、共同性・一体性についての関心は低く、より競争的な関係性、個人成果に連動した処遇体系、職業機会の流動化を志向する。

若年層の意識の変化に対して、企業は人材確保の為、自らを変容する課題に直面する一方で、従来の仕組みに慣れ、既得権益としての意識をもつ企業内熟練者の抵抗との間に立ち、組織内調和の葛藤の中、明確な旗印を掲げづらい立場に追い込まれる。学生達も単純に競争的な関係や職業機会の流動性自体を求めているのではなく、公平観のある就労環境や人間的尊厳を否定されない組織を求めているのであろう。こうした概念は若年層でも、経験豊富な働き手にとっても本質的に同じである。両者の力を積極的に引き出す為、その一致点を探ることが企業に課せられた課題であり、融和の最適変革シナリオ策定が人事屋としてのテーマでもある。

今日一日が良い一日となりますように、悲しみと困難、不安に向き合っている方に希望がありますように。良い週末をお過ごしください。新しく始まる一週間が皆様にとって豊かな一週間でありますように。

2023年4月28日  竹内上人

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