目白からの便り

受験と就活 その2 一人で渡れ 森毅先生の言葉

今日、3月3日は桃の節句(雛祭り)である。子供の頃、妹の雛人形の飾り段の前列に添えられた、菱餅や雛あられをこっそり食べていたことを思い出す。3月に入り、受験も就職活動も大切な時期を迎える。受験生も就職活動の学生も進路に悩み、限られていく選択肢に希望と恐怖を感じながらの時間が積み重なっていく。前回のコラム週報で取り上げた数学者の寺田文行先生の記事と一緒に保管されていたもう一枚の切り抜きがある。当時京都大学で教鞭をとられていた数学者の森毅先生(故人)によるエッセイである。こちらも今から40年以上前の骨とう品である。

『京都の東山三条に古風な宿屋があって、そこに一匹の老犬がいた。彼は、旧国道一号線の自動車の間を縫って悠然と横断するのであった。なるべく見通しのよい場所、遠くから渡る姿勢の明らかなのがよい。迷っているそぶりを見せないことだ。急いではいけない。最初から急いでいたのでは、万一のときでも、それ以上急げない。自動車のほうは見ない。じつはひそかに気にしていても、まったく気にしないように見せるのがよい。世の中に自動車など存在するはずがない、そんな気分である。

これは絶対にひとりでないといけない。世の中に、そんな変なのが二人もいるはずがないと思われてしまう。それに、二人でいると、おたがいが注意しあうはずだと、安心されたりする。世間だって、ひとりで渡る気になれば、案外にあぶなくないものだ。むしろみんなでわたるほうがあぶない。みんなで渡ればこわくないと、などと言っているうち、手をたずさえて地獄への道を歩んだりもする。・・・(中略)・・・それでも幸運の女神とともに、受験生に呼びかけたい。ひとりで渡っている気楽さこそ、幸運の女神をひきつける。こわくても、それほど危なくない。』

受験でも就活でも、マイペースで、ひとりで悠然と歩むほうがいい。なにせ、学問も職業も長丁場なのだから、ここで息があがってはいけないのだ。これからもピンチは幾度となく訪れ、それと同様にチャンスにも遭遇する。体力を蓄え、精神を練達し、知識を積み重ね、その時に備えよう。

今週、3月1日から会社説明会や企業への応募受付(エントリー)が解禁された。既に内定をもっている人も、まだこれからの人も謙虚になるべきだし、焦らないことだ。最初の就職活動は、人生において自分と対峙するとても大切な時間である。自分はどのような職業に向いているのであろうか、果たして、自信をもって仕事を続けていけるだろうか、職場の上司にこっぴどくしごかれたりしないだろうか、悩みは尽きない。

とにかく、こんなにも自分について考える機会はそうそう直面するものでもない。どうか、真っ向勝負で自分と対話してほしい。自分の中で端正のとれた論理を構築する絶好の場である。深く考え抜いた人間の言葉は、採用面接でも重厚な空気を面接会場に引き寄せる。そして相手に自分の体重と体温を伴い思いが伝わる。私の長い人事屋として経験から比較的短時間で相手の人柄を感じるのはこうしたことが背景にあるのかと思う。

深く自分と対話をする時は、雑音がない環境、可能であれば、静かな図書館、森や自然の中で思考することだ。川沿いの小道を散歩するのもいい。企業の規模や知名度の高さにだけにこだわりすぎないのが良い。何処でではなく、何をすべきかに焦点を当てることである。自分の意思で決断した道は苦しくても味わい深い。そして、力強く凛として歩み、前向きな気持を持ち続けることで、きっと、人間的な成長を経て、人生の中盤以降、先頭集団に颯爽と躍り出る。

今日一日が良い一日となりますように、悲しみと困難、不安に向き合っている方に希望がありますように。良い週末をお過ごしください。新しく始まる一週間が皆様にとって豊かな一週間でありますように。

2023年3月3日  竹内上人

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