目白からの便り

日本的経営の遺産としての集団間の競争

研究会で発表した自分の論文を所属する研究所の機関誌にその要約を掲載するというので、過去の機関誌を眺め直していた。ある年の機関誌の巻頭言に書かれていた言葉に吸い寄せられる。石田光男先生(国際産業関係研究所)によるもので、「働き方改革の歴史的意義」と題されていた。「歴史的意義」の問題意識は、世間をにぎやかにしてきた働き方改革は、どちらかと言えば労働者保護政策である。こうした労働者保護的な日本の雇用政策の中心軸が革新的政党や労働組合によってなされず、なぜ、保守政党や経営者団体に頼らざる得なくなったのかという問いに向き合うことにその意義があるのだと。

日本の多くの働き手が、どうして報酬としてのパイの分配の仕方にこだわりを持つ以上に、本来、経営者の関心事項である配分の原資となるパイ自体を大きくする為の活動に意識が傾斜してきたのか、むしろ積極的に支持してきたのかという根拠を解きほぐさないと働き方改革の一丁目一番地とされる長時間労働の是正にはたどり着けないのだと感じる。本来、企業の収益の責任や関心は経営側の関心事項であるはずなのに、日本の働く現場では、働き手も同様に強く関心を持つ。先日もある企業の懇親会の席で、管理監督者以上に一般の社員がどうすれば売り上げが上がるか、限界利益が拡張するかを熱心に話す場面に同席した。欧米の典型的な経営者から見れば驚嘆する光景だろう。

人事制度改革の中心議題は、ジョブ型賃金や個人の能力、成果、そして市場価値といった働き手個人に焦点を当てた人事制度改革の議論に焦点が置かれる傾向が強い。職能給的な賃金体系が、職務定義を曖昧にし、仕事の制限意識を希薄にするという論点だけでは長時間労働の方程式は恐らく解けない。そして、深い考察がないまま、仕事の範囲や市場価値に基づく値付けをするジョブ型賃金に移行するという施策は反って日本企業の競争力の源泉の持ち味を棄損する可能性が高い。働く職場を「人間的な活力と共生を感じる場」としての大切な共有財産にする感覚は労働倫理性を高め、組織生産性を堅牢にしてきた。労働者自身が、組織の外部環境の変化対応力を自身のキャリアを多能工化することまでして吸収しようとしてきた。労使の意識の源泉が共通化してきた背景は、制度的にどこに起因してきたものかを解明することは今後の人事制度を設計し直す時に大切な視点であると感じる。

明治維新から150年を迎える。この近代国家の創成期に当時の支配階級で国家建設の仕事に奔走したのは、封建時代において分断化された藩政の下層士族がその原動力になった。彼らは、列強による植民地化に対する脅威に怯えながら統一した国家の建設に向き合った。個人を超えて、民族としての共通資産を守り高める為の「国民」の形成に苦心した。その過程の中で長期にわたって醸成された共同体としての国民意識と胎内に記録されたDNAの符号を短期で書き換えることは容易ではない。またその変革の副作用も大きい。パイの極大化に関心が向く背景にはこうした「個人」を超えた集団としての「共同体」の尊重の積み重ねの歴史がある。

私は、この「集団」という概念が、企業の中でも巧みに取り入れられてきたこと、人事制度の中に「集団」に対する評価の仕組みが反映されてきたことが、従来日本的経営の特徴、「三種の神器」とされてきた終身的雇用慣行、年功序列、企業別組合を補完する日本的人的資源管理のもうひとつの特質であり、欧米型の人事思想に翻弄されすぎずに次世代に継承しなければならない日本人事の最大遺産であるとも思う。

今日一日が良い一日となりますように、悲しみと困難、不安に向き合っている方に希望がありますように。良い週末をお過ごしください。新しく始まる一週間が皆様にとって豊かな一週間でありますように。

2022年7月8日  竹内上人
今日は誕生日でした・・・

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