今週から大学での講義も始まった。私が起業直後、縁があり大学で教える機会を持つようになって10年近くになる。人事屋の私が、自身のキャリアで教員という要素が加わることはサラリーマン時代には想像にも及ばなかった。起業直後、有り余る時間に当惑していた時、この教員のキャリアのご縁を紹介してくれた方には深い感謝の気持ちを持つ。
春になると大学に新入生が入ってくる。私の講座は主に海外からの留学生が中心で構成される。講義の内容は日本的経営、特に日本の人事制度のメカニズムについて、その制度の構造とそこから生み出される労働慣行についての理解を基礎に置き、その環境の中で、どう自分自身のキャリア設計を描いたらいいのかについて考える場となる。それぞれのキャリア設計のプロセスでは、いくつかの定着されたキャリア理論と経営戦略で基本となる概念を学びながら、リーダーシップ、EQ(感情能力)の要素を絡めて構成する。それぞれのキャリアは学生自身の分身でもあるが、経済的な関係の中では、労働市場で取引される「労働力商品」としての側面もあるので、経営の観点をキャリア設計のプロセスに加え、個人の想いの強さだけで描くのではなく、経済的合理性の枠組みの中で、それぞれの想いの実現へのシナリオをできる限り、リアリティをもって計画化できるようにと試みる。
今年は、大学間での相互の単位認定が認められるようになった。その影響もあるのだと思うが、他大学からの留学生の履修者も多い。今週月曜日、東北大学での最初の講義は50名程度の学生が訪れた。例年20名から25名程度の履修だったので、その人数の多さに驚く。オンラインが定着してきたこともあり、地理的な制約を超える。まだ日本にたどり着けていない留学生も多くいて、海外の自宅から出席する学生もいる。また、今年は日本人学生も20名程度履修しているので、その比率の高さも興味深い。
最初の講義は、楽しみでもある。どんな学生と7月までの4ケ月間を過ごすのかと期待もする。私の講座は、学生がグループディスカッションなどを通じ、主体的に参画しながら理解を深めていく方法をとっているため、クラス自体が一つのチームになる。欧州を中心に、このクラスでは様々な国際情勢の動向が特に気になる環境下でもあるが、それぞれの出身国の実情を越えて、一人ひとりの考えや価値観の多様性を大切にし、ひとつのチームとして相互に連携していくことの意義、楽しさを、なんとしても伝えたい。チーム内の融和が進めば進むほど、相互の情報交換が活発になり、お互いの考えを通じ、刺激を交差しながら主体的な気づきを誘発する。基本となるコンテンツは提供するが、私の想像を超え、学生たちの中で新しい価値に昇華する。学生の変化から私も純粋に多くのことを学ぶのだと期待が膨らむ。
新入生が授業に出席する時期になると必ず思い出す出来事がある。コロナ禍の前、首都圏にある大学の初回講座の授業が終わった後にひとりの日本人女子学生が真剣な表情で次回もこの授業を受けたいのだがどうしても自分の考えていることを英語で表現することができないと訴えてきた。講義はグループディスカッションも含めて基本は英語で行うために日本人の学生の中には、言葉のハンディキャップを感じてもどかしい気持ちを抱く方も多い。
悔しくて歯がゆくてどうしようもない気持ちを抑えきれずに涙を流す。学年を聞くと1年生だと言う。高校を出て間がないこの時期、毎日、新しい出来事と格闘しているのであろう。18歳の多感な彼女にとって新しく交流する留学生との意見のぶつけ合いはこれからの大学生活をどう過ごすか真剣勝負でもある。悔しいと言葉にすればするほどとまらなくなる涙を拭わずに来週も出席してもいいかと問われ、もちろん大歓迎だと伝える。こうした光景は、オンライン講義ではなかなか出会えないのかと痛感する。
同様にこの4月は、企業でキャリアをスタートする新入社員、馴染みのない職場環境に適合しようとする転職者にとっても、自分の思い描く理想と現実とのギャップに打ちひしがれる時期でもある。対岸にどうしたら渡河できるか。慣れ親しんだかつての同僚もおらず、濁流に流されそうになる身を鼓舞し、あらゆる手段と方法を考える。逃げ出したい思いを断ち切り、その間を埋めようともがく。
私はそうした格闘を好意的に受け止めている。きっと涙が出るほど悔しい思いはその間を埋めるための大きな原動力となり、真摯に向き合うことにより自己成長する可能性となる。新しい生活が始まる大学生、初めての社会人としてのスタートを切った新入社員、転職や人事異動で新しい職場に赴く社会人、そして私自身にとって、心地よい悔しさと葛藤に前向きに向き合う季節であればと願う。
今日一日が良い一日となりますように、悲しみと困難、不安に向き合っている方に希望がありますように。良い週末をお過ごしください。新しく始まる一週間が皆様にとって豊かな一週間でありますように。
2022年4月15日 竹内上人