目白からの便り

八幡製鉄所の賃金体系の歴史との格闘

今年の4月から学習院大学大学院の経営研究科に入学して経営学を学び直している。年齢的にも還暦を目前としたこの年齢で再び書籍と格闘するのは、タフな環境でもある。一方で永年、研究を積み重ねている研究者との会話や関係の広がりは実務畑一辺倒できた自分にとっては多くのことを気づかされる。さらに自分の子供と同じような年代の学生とのやり取りもこれからの日本や世界を支えるジェネレーションの人たちが、どのような思いや気持ちを持っているのかというリアルに触れることになり、緩慢になり、鈍化しつつある自己の感受性の劣化に警鐘を鳴らす大切な時間となる。経営組織の枠組みや人事の仕組みで活躍する主人公のこれからは、まさしく彼ら、彼女たちになるのであるから。

4月以降、修士の論文作成に向き合い始めた。論文の主題は日本の荒廃した戦後直後から高度成長に至る生産復興期にかけて、当時の経営者や労働組合の指導者たちが、賃金の配分をめぐるや労使交渉の現場で、どのような枠組みを作り上げてきたのかを探求することであり、加えて、一つひとつの賃金改定で、労使双方が何を受け入れ、何は受け入れられなかったかという真実の探索でもある。その過程を通じて、労使が相互に受け入れてきた一致点としての公平観を明らかにしたいと思う。

できる限りリアリティのある現場に向き合うために調査の対象を絞り込んだ。戦後の日本経済をけん引してきた鉄鋼業界、その中でも労使関係の真骨頂、まさに大将級の主戦場であった八幡製鉄所を選んだ。そこでのやり取りは、当時の日経連などの経営者団体の賃金政策のみならず経営戦略を刺激し、総評、同盟といった労働運動の上部団体の政策全体にも影響を及ぼしていた。

現在、日本の雇用政策や人事政策は深刻な分岐点にある。「働き方改革」、「同一労働同一賃金」というスローガンのもと、雇用形態や人事制度の改定を経営者は迫られ、加えて日本の人口構造を冷静に受け止めると、今後、生産年齢人口が急激に減少し、少子高齢化が実感値として経営課題として重くのしかかってくる中で、組織をどのように適合させ、戦力補充としての働き手の多様化のあらゆるチャレンジをどう受け入れなければならないのかという難問に向き合う。

八幡製鉄所の賃金体系の変遷とその変遷を労使がどのような思いや価値観で対峙してきたか、これからの日本が海外からの論理の模倣ではなく、オリジナルで、将来の可能性に満ちた日本的経営モデルを考える上で、かつて戦後、荒廃した産業復興期から真摯に向き合ってきた経営者、労働運動の指導者たちの言葉を探ることにより、これからの経営、人事制度改革の理論的原点をたどり着きたいと願う。

今日一日が良い一日となりますように、悲しみと困難、不安に向き合っている方に希望がありますように。良い週末をお過ごしください。新しく始まる一週間が皆様にとって豊かな一週間でありますように。

2021年9月3日  竹内上人

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