目白からの便り

来た時よりも美しく

早朝の都内は、高層ビルの上層部が低く降りてきた厚い雲ですっぽり覆われている。

大学に滞在する時に使う研究室の共有スペースでの日課がある。少しずつだが、毎回、居室を使う時に、書棚の書籍を整理しながら並べ替え、机や棚の雑巾がけをし、明らかに不要なものを処分する。文具類をそれぞれの用途に応じて置き場所を整理する。居室を使うたびに行うルーティンになっているので、明らかに部屋の中が小ぎれいになっているのを実感する。製造業で働く人にとっては、こうした行為は極めて当たり前の風景かと思うが、大学の構内ではそうでもない。

職場の環境や道具が自分の職業意識を刺激し励ますこともある。すべての働く人にはキャリアの聖地というべき職場と、それぞれ使い込んだ道具を持っている。それらにこだわりをもち、整理整頓を続け、丁寧に扱い、磨き上げることは、仕事に対する礼儀でもある。そうした働き場や、磨かれた道具をみて、人物は評価される。この人は信頼できる人なのか、きちんと仕事をしてくれる人なのかと評価する。
筆記用具からパソコン、専門的に仕事で使う検査機器、工具、社用車等、道具を使って日々の仕事を行っている。多少傷ついていても、修理し補修して丁寧に扱うとそれが重厚な年輪となり、味わいとなる。

私が入社して間もなく時計工場の紹介ビデオの撮影に工場を案内した時、カメラマンの方が、「この工場は美しいリズムが流れていますね」と話された言葉を今でも覚えている。日本の精密工場の職場は、すこぶる整理整頓(3S・5S)が進んでいる。作業員の工具も丁寧に保守され、定位置に整然と置かれている。だから高品質な製品を生み出し続けるであろう。結果ではなく、そのプロセスの良質性で、仕事の品質を管理することの大切さを学んだ。人材育成を担当した時に訪れたトヨタグループの技能訓練所の教室には「来た時よりも美しく」と書かれた額が正面中央に威厳をもって掲げられていた。

学術的な専門知識を学ぶことは大学という高等教育機関の果たすべき役割である。できうるならば、それに加えて、日常の基本的な所作の大切さも学ぶ機会をつくり、優れた立ち居振る舞いができる人物に仕立て上げ、社会に送り出していく場の必要性も感じる。

今日一日が良い一日となりますように、悲しみと困難、不安に向き合っている方に希望がありますように。良い週末をお過ごしください。新しく始まる一週間が皆様にとって豊かな一週間でありますように。

2021年7月9日  竹内上人

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