明日、早朝の出立なので深夜にこのコラムを書いている。この2週間、今年度唯一となるデジタルでないリアルな講義の機会を信州大学から頂く。ゲスト講師で招いた経営者の「かけがえのない存在になる」こと、「身近な人に寄り添う」ことを経営の持論とするメッセージの余韻に浸る一週間であった。
『服はしょせんうわべだと人は言う。その人の現実を繕い、ときには偽るものだと。服ごときに人生のすべてを注ぐのは愚かなことだ。が、服は、人を支えもする。受け入れがたい現実を押し返すため、はねつけるためにも服はある。そうした抵抗、もしくは矜持を人はしばしばその装いに託す。服は折れそうな心をまるでギブスのように支えくれる重要な装備でもあるのだ』。数年前に掲載された朝日新聞のコラムの切り抜きが連用日記からこぼれ落ちる。
私の顧客企業の多くが、外資系ファッション業界である。多くのブランドの人事の方とお会いした。今まで私の人生の中で、疎遠であったラグジュアリーブランドの店舗も訪れたり、丁寧に案内もいただいたりした。また、それ以上に多数の転職を考えているファッションの仕事に携わる方と会った。その機会を通じ、それぞれの方から服に対する深い想いとか、人生の中での位置づけなどについて教えてもらう。高価な服であっても、作業服であっても、大切なことはどのような想いで、身にまとうかであり、正しく装うかである。
服についた香りも同じである。服には、仕事を通じて染み込んだ匂いがある。それぞれの服にその人の仕事を通じての記憶としての匂いがある。私にとって服に染み込んだ想い出の匂いは、工場から漂うオイルと切削機から漂う焦げくさいのほのかな香りであった。今でも製造会社の工場見学に行く機会があるとその香りに引き寄せられ、30年ほど昔に引き戻される。
私は製造業で人事のキャリアをスタートした。入社して半年間、製造現場への実習にでた。腕時計の工場の回路基板、コイル巻き、ムーブメント(駆動体)組立、外装組立、出荷検査、冶具・工機職場と、工程ごとの職場で働いた。現場の作業長や班長、先輩・同僚の方から様々なことを学んだ。仕事の後に飲みにも誘ってくれた。皆、配属が人事だと知っているから、「俺たち製造のことも意識して人事の仕事をしてくれや」と励まされた。私の人事屋としての判断基準の原点は、この体験にある。自分の心を支える服、その服に記憶として染み込んだ香り、これらがキャリアの原風景であり、原動力でもある。困難に立ち向かう時の戦闘装備でもある。自らがよって立つ装いと香りを振り返る週末にしたい。
今日一日が良い一日となりますように、悲しみと困難、不安に向き合っている方に希望がありますように。良い週末をお過ごしください。新しく始まる一週間が皆様にとって豊かな一週間でありますように。
2020年8月28日 竹内上人