目白からの便り

英国ペンキ職人の職業意識

朝6時少し前、今朝の松本は、深い静寂に包まれた霧の中にある。霧の深さが浮かびる程度のかすかな明るさ。いつもは望める美ケ原高原の王ケ頭の山頂(2034m)もその存在すら感じさせない。

昨夜、都内から特急列車に乗り込み松本に戻り、駅近くにあるスコッチウィスキー専門のPUBを訪れる。そこでは、前総理の小泉純一郎氏かと見間違えるオーナーに会うことができる。

ずいぶん昔になるが、旅行先のスコットランド中部のピトロッホリー(Pitlochry)という村で、今でも鮮明に残る記憶がある。その村の駅で列車を待っていた時、3人のペンキ職人に出会う。駅のホームの側面のブロックに白いペンキを塗っていた。
それが、とても楽しそうなのである。一人はホームの上で安全のために列車の通過を確認する役割、他の2人が、下塗りと本塗りの分担を定め、少し感覚をあけ、並んで白いペンキを塗る。ホームの上の男性は、大きな声で歌いながら、時々線路上を歩きながらペンキを塗る2人に声をかけている。いかにも楽しそうなのである。こんなに楽しそうに仕事をする人たちが世の中にいるのかと、痛烈な記憶として刻み込まれた。

東北大学での講義で日本企業の特徴として、日本的経営のテーマを取り上げる。終身雇用、年功序列、企業別組合、少しづ時代の環境変化に伴い変化を余儀なくされているが、長期的な視点での雇用保障の概念と、経験年数に基づき支払われる賃金体系の思想は今も根強く残る。これらは、日本企業の成長の源泉ともいわれてきた。
ただ、冷静に考えると、経営計画(戦略)の良質性の有無は除き、「労働提供と支払賃金との間の交換ルール」において、企業はどのように生産性を高めていきたかというと、年功的マネジメントであっても業績は上がる場合もあるし、成果主義をとっても業績は下がる場合もあるという結論に至る。

人事屋にとって悲しいことに、労働とその対価の賃金交換メカニズムだけでは、生産性の高低の因果関係を解き明かすことができないということになる。

長期的・持続的な視点で、生産性が高い組織特有の仕組みはどこにあるのか、一方で生産性が改善されない組織には何が欠けているのか。実務を預かる人間にとって、論拠をともなって組織に適した処方性を描かねばならないのであるが、往々にして、その面倒な手順を踏むことを避け、社会に流布されるファッショナブルな出来合いの処方をしてしまう。そうすると症状に適合せず職場の静かなる痛いしっぺ返しをくらうことになる。

あのピトロッホリーのペンキを塗る職人の労働の現場を思い返すと、生産性が高いのか否かという視点を超えて、明らかに労働を楽しんでいる事実があった。そこには仲間との協調と、上長の監視を離れても、仕事に対する倫理観が保たれていることを感じさせる。労働の主体性を働く現場にゆだねつつも、組織の期待を過度な労働者間の競争関係に求めず浸透させることが人事政策の要諦なのかと私にとっての人事政策のアイコンになっている。

 彼らは、仕事の後、みんなでパブ(PUB)に行き、グラスを傾け一日の労をお互いに称えたに違いない。そして、次の日もお互い誘い合って、意気揚々と働く現場に赴く。

今日一日が良い一日となりますように、悲しみや困難に向き合っている方に励ましがありますように。また、良い週末をお過ごしください。新しく始まる一週間が皆様にとって、豊かな一週間でありますように。

松本にて 竹内上人

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