目白からの便り

幼少期の言葉 忠恕

友人との会話で、幼少期で繰り返し聞かされた言葉は、30年たった今でも覚えているという話になった。友人は、幼稚園から大学まで一貫した学び舎で育ち、現在は会計税務の世界で専門的なキャリアを歩んでいる。剣道を志し、練習、鍛錬に学生時代の多くの時間を使ったとのこと。会話の中で、私が興味を持ったのは初等科、中等科での剣道の合宿の機会に繰り返し師範の方から教えられた言葉で「忠恕」という言葉があり、覚えているとのこと。この言葉の意味は、「自分の良心に忠実であり、他人に思いやりをもって接する」ということである。幼少期に刻み込まれた経験や言葉は、その後の人格形成にも大きな影響を与える。

リンダ・ゴッドフレッドソンの制限妥協理論(1981,L. Gottfredson)では、子どものキャリア発達に関して興味深い研究成果を示している。その理論の基本的な構造は年齢別にキャリアに関する意識の発達段階が分けられる。3歳から5歳の就学前の子どもたちは、「サイズとパワー」、続いて小学校に上がる6から8歳では「性別に関する役割意識」、中学生になる9歳から13歳では、「社会的評価(プレステージや威信)」を意識する。そして、14歳以降の中学・高校生の年齢になると「内的な固有の自己」」といった内面的な自分自身の興味関心に基づく職業の嗜好性が現われてくる。

少し解説をすると子供たちは自らの考えで自分の興味や関心によって職業というものを考えているわけではなく、自分たちが与えられた環境による制限的な影響で職業を段階的に考えるようになる。例えば3歳から5歳の「サイズとパワーの段階」では、大きく力が強いものにあこがれ、そうでないものを排除する傾向がある。一番身近な例では大人の職業や行動をよいものとしそれを真似たいと思うことになる。

続いて6歳から8歳の「性の役割の段階」では性別による分類化を意識する。例えば男の子は花屋さんとかケーキ屋さんといった職業は自分が選択する職業ではないと意識する。逆に女の子は電車の運転手やバスの運転手などをキャリアの選択から外してしまう。

9歳から13歳の「社会的評価の段階」では。職業に関する社会的な価値序列の制約が加わる。親の影響や世間一般的な職業に対する漠然とした良いとか悪いとかの評価を意識するようになる。大人の社会では暗黙的に職業には序列があって、その職業が社会階層を示す具体的なシンボルや収入の大小と結びついているということを敏感に感じ取っていく。そしてより高い序列の職業を希望するようになる。

その後自分が達成できることの限界となりたくないという現実を感覚的に意識し始め、14歳以降の青年期に至っては自分自身の職業選択における興味関心の「内面的な希望」を大切にするようになる。この段階で初めて自分自身の思考の中で何をやりたいのかを中心的に捉えるようになる。しかしながらそれ以前の段階で自らの職業に対して制約条件を設けてしまうため、興味関心の嗜好だけでなく妥協の中で選択をすることになる。

こうして考えると最終的にはキャリアの選択は自己の興味関心に基づくのであるが、より早い子どもの発達段階において、どのような環境で育ったかということがとても大切になってくる。大人社会で定義された固有の偏見のようなものを排除することによって、職業に対する幅広い公正な理解を促し、様々な可能性を持てるような状態で、職業選択を控える青年期に引き継がせていくことは、キャリア形成上とても大切な教育プロセスになる。幼稚園や保育園、小学校の年代に受ける影響は、キャリアに対する正しい理解と可能性を引き出す意識化のプロセスとしてとても大切になる。幼少期にとって、「忠恕」のような難解な言葉自体は記号のような印象でも、自己に正直でり、他人を思いやることの大切さを心中に刻み込まれれば将来は安泰となる。

今日一日が良い一日となりますように、悲しみと困難、不安に向き合っている方に希望がありますように。良い週末をお過ごしください。新しく始まる一週間が皆様にとって豊かな一週間でありますように。

2024年11月22日  

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