目白からの便り

新入社員研修の想い出 夏目漱石の言葉 2023年

企業では、4月に入社した新入社員の集合研修も終わり、今日あたりの週末には、それぞれの職場に配属された新人たちが、配属された職場が主催する歓迎会に少しの緊張ととともに招かれ、はじめての社会人の宴席の挨拶をどのように表したらいいか思案しているのだろう。上司、先輩たちには、ぜひ新人たちの挨拶は上手でなくても、最大限の喝采で盛り上げてほしい。一方で、コロナ禍以降、職場の様々な行事が見送られ、それが新しい職場慣行になり、そうした食事を伴う宴席の場面も少なくなり、いつもと変わらぬ週末を迎える新人もいるかもしれない。それでも、上司やOJT担当者は、どうか自らの職場に入社した新人がいるなら、たとへ、販売実習や工場実習でしばらく職場には戻ってこない場合でも、内線電話でもメールでも近況を尋ねて上げてほしい。彼らはこの二週間、相当な緊張の中で不安を抱えて過ごしているはずだから。

新しい環境に加わる方との場面に立ち会うと必ず思い出す言葉がある。前職の新人集合研修は会社の体育館で約2週間続いた。4月中旬とはいえ、信州の諏訪の地はまだ朝夕少し肌寒い空気に包まれていた。その集合研修の最終日に20才前半の経験未熟な採用担当の私と来週から職場に配属される大勢の新入社員との研修終了後の弛緩した空気感の中で、私自身への自戒の言葉としてその言葉を伝えるのが私自身の慣例となっていた。

「焦ってはいけません、頭を悪くしてはいけません、根気づくでお出なさい、世の中は根気の前に頭を下げることを知っていますが、火花の前には一瞬の記憶しか与えてくれません。うんうん死ぬまで押すのです。決して相手をとらえて、それを押そうと思ってはいけません。相手は後から後から我々の前に現れ、そうして我々を悩ませます。・・・」 夏目漱石が静養中の伊豆から芥川龍之介に送った書簡に記された言葉である。現代国語の受験参考書の扉表紙辺りだったかに記載されていたことを薄っすらと覚えている。鬱屈とした受験勉強の拠り所として心を惹かれた。

企業においても、社会においても、人間の価値は昔から変わらないように思う。良質な計画とマネジメントの仕組みを構築しながら、取り組みにあたっての立ち居振る舞いは、誠実に努力することの積み重ねである。

少し前になるが、都内の博物館で優れた日本刀の企画展が催されていた。日本刀のつくり方の映像が映しだされ興味深く見入った。日本刀というのは、鉄の塊を叩き、平たく延ばすものかと考えていたのだが、そのプロセスは極めて手の込んだものであった。熱し、急冷し、叩いて砕き、重ね合わせ、また叩く、そうした骨の折れる作業の連続である。こうして手にかけた結果、優れた日本刀が生み出される。その映像を観ながら、人が成長する過程を考えていた。苦難や試練の連続の中で、人は時間を積み重ねていく。その過程を通じて、人間的な厚みが出る。外見は同じでも、厳しい局面に遭遇した時に立ち居振る舞いに歴然とした違いが出る。発する言葉から私心を感じさせない。苦難や試練の歴史は、その人の心の中に積み重ねられ沈殿していく。新入社員の皆さんには、焦らずに一つ一つのことを大切にキャリアの糧として積み重ねてほしい。

最後に、このコラムを私の大学の講義を受け、今年、新入社員として入社した方がいれば、これから数日後、会社からいただく最初の給与は、これ以降無い唯一無二のものだから、そのうちの一部は、両親やあるいはお世話になった方のために使ってもらいたい。たとへ少額の小さなギフトでもこの瞬間しか成立しない希少価値ある贈り物になるはずだ。

今日一日が良い一日となりますように、悲しみと困難、不安に向き合っている方に希望がありますように。良い週末をお過ごしください。新しく始まる一週間が皆様にとって豊かな一週間でありますように。

2023年4月14日  竹内上人

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