普段使い慣れている連用日記の最初のページにいくつかの切り抜きが挟み込まれている。最も古ぼけた切り抜きは、9年前に事業を始めた時に掲載された地方新聞の一面の最下部にある「斜面」という表題で日々掲載されるエッセイである。普段の忙しい日常のなかで劣化していく感受性の原点回帰の機会として、捨てることを躊躇させる。その時の自分に何かを訴求してくる雑誌や新聞に掲載された言葉や文体は、私の日記に挟まれる。そしていつしか、自分の中で整理され外されていく。だが、この切り抜きは、役割を終えずそのまま残る。自分から切り離した後に、強い罪悪感をもたらせるのだという予感を感じさせる。そして、このコラムにも前後の文脈は変わるが幾度か登壇することになる。
『31歳の女性は夫の暴力を受け離婚した。事務仕事などで9歳の長女を養うが、手取りは10万円。娘の夢をかなえてやりたいが、この生活から抜け出せる方法がない。「私の元に生まれたせいだ。申し訳ない」子供を見つめては涙ぐみ、心の中で謝る。』
厚労省の令和2年の調査ではひとり親家庭の相対的貧困率は、48.1%に達する。相対的貧困率は、国民生活基礎調査(厚労省)の貧困線では年収122万円(2012年)と定められている。また、この層の母子世帯では約43.8%がパートやアルバイト等非正規雇用となる。絶対的水準が低いことに加えて、雇用安定性も喪失している。「相対的貧困率」とは、等価可処分所得(世帯の可処分所得を世帯人員の平方根 で割って調整した所得)の貧困線(中央値の半分)に満たない世帯員の割合をいう
大学で労使関係を学び、企業で人事畑を歩み、9年前に独立してキャリア支援を事業として営んでいる。もう40年近く雇用の現場に近いところで仕事をしていることになる。良質な雇用機会の提供をできる仕組みづくりに少しでも関わりたい。それが自分の事業の出発点である。古ぼけた新聞の切り抜きは、色あせても当時の想いを時間を超えて運んでくれ、自分自身を原点に立ち戻らせてくれる。
日本の雇用形態は、主に正規社員か非正規社員かという二者択一的な選択と、一度その雇用形態のコースを選択すると、変更がしづらくなる制度的、慣行的な障壁がある。個人の人生には、避けられない病も含めて変化と制約条件が年齢とともに与えられる。また、自分自身に、そして自分と関係性が深い人に身体的、精神的にチャレンジを受け、仕事だけでなく生活にもその制約と向き合わないといけないこともある。そうした個別の環境や状況を柔軟に吸収する就労のシステムや形態を企業や組織が積極的に試行錯誤することにより、様々な可能性ある人材の力を活かしていくことができるのではと思う。
この新聞から切り抜きだされた言葉との対面は、人事屋としての自分のキャリアが使い切れていないことを思い返すバイブルのような存在でも有る。極めて限定された個人の困りごとであれ、企業や組織システムの課題であれ、時には社会のひずみと隣り合わせになっている問題であれ、企業や組織や社会の枠組みを超えた全員戦力化(守島,2022)の取り組みへの余地はまだまだ、私自身の身の周りに封印されている。自分自身が壊れてしまう不安に感じることもあるが、それでも、できるだけその事実と向き合いたい。
今日一日が良い一日となりますように、悲しみと困難、不安に向き合っている方に希望がありますように。良い週末をお過ごしください。新しく始まる一週間が皆様にとって豊かな一週間でありますように。
2023年1月20日 竹内上人