目白からの便り

リーダーのリクルーティング活動

早朝の伊勢は、強い朝の光に包まれ初夏の気配の勢いを加速させ、光の粒子が日に日に強くなっていくのを感じる。

先週の日曜日に、本当に久しぶりに教会で子供の礼拝の説教を担当した。私は毎週日曜日に必ず教会を訪れる熱心さもなく、仕事やゴルフ、スキー、ボウリングの予定が入ると、そちらを優先してしまう意思薄弱なクリスチャンでもある。

私が籍を置く日本キリスト教団松本教会はプロテスタントの教会でカナダメソジスト派の流れを持つ。地方にあって130年の歴史を積み重ねる。遠い昔は、青山学院大学の宣教師の支援を得て運営されていたとのことで、私のオフィスが渋谷の青山にありこの大学と近いことも何かの縁を感じる。

今回、不意に牧師から子供の礼拝の説教を依頼された。いつもなら断るのであるが、その時は素直に受け入れ、準備をした。子供の礼拝では年間を通じて話すテーマが決まっている。私の当番した個所は新約聖書のマタイの福音書 第4章18節から22節の箇所であった。

話の流れはシンプルでイエスがガリア湖の通りを歩いている時に網を使って魚をとっていた4人の漁師を弟子に招いたと言う話である。現代風に言葉を置き換えるのであれば、「転職してみたら、きっと君たちにとって大切なキャリアがあるよ」と、リクルーティング活動をしたようなものである。聖書の視点で言うと、宣教の弟子として福音を伝えるために、教会での学びや戦況の経験でなく全く関係のない漁師を自分の弟子にしたところにその特異性がある。

リーダーが自分に課せられたプロジェクトのメンバーを選出する際に何を基準に選出するのに悩む場面がよくある。プロジェクトを早く立ち上げ、お客様に信頼を得るためにその職務を達成するに最も有効な知識と豊富な経験を持った人を選出するのが組織作りの常套手段であろう。私たちが日常のマネジメントの枠組みで組織をつくる場合には、人事管理の論理に基づきメンバー構成を試みる。

集団における活動の成果を考える時に果たしてそうした論理的に辻褄があった人選プロセスが必ずしも正解であるとは言えない現実場面に直面する。環境変化が激しく社会システムが流動的な条件下に置かれた時、既存の枠組みの中でメンバーを構成するよりも新たな可能性を創出するために異なる経験や鍛錬を経てきた人を採用した方が今までの保守的な固定概念を超えて、柔軟に環境適応できる集団を構成できるかもしれない。また能力や経験よりも、人間性に主眼を置いて集団を構成したほうが結果的に集団の中でのコミュニケーションが良質になり集団の生産性が上がることも真実でもある。リーダーにとっても機会を与えられたメンバーにとっても異質な世界での経験は新しい価値観の創出と人間的成長をきっともたらしてくれるはずだ。

その可能性にイエスは自分の宣教というプロジェクトメンバーのリクルーティング活動に主眼を置いたのかもしれない。

概念的には漁師と言う職業は人との関わりは少ないかもしれないが、明らかに大量の魚を捕獲する経験を積み重ねてきている。魚ではなく人にその資質を活用することを考えれば、イエスのとった人選の基準は誤りではないのかもしれない。リーダーシップを発揮し続ける時には、既存の枠組みや伝統的な慣習だけで考えるのではなく経験よりも可能性をより大切にした方が良いこともあるのかと子供の礼拝で説教を担当しながら考える。ちなみに松本教会の牧師は私がこの教会に通うようになって30年間で3人の牧師が人事異動で交代したが、すべて民間企業からの転職組である。

礼拝での話し方はスケッチブックに絵を書いて、子供たちにもわかりやすく伝わることを試みたつもりだが、リーダーシップの話を小さな子供たちにしても私の言葉はおそらく彼らには届かなかったのだろうと反省する。

今日一日が良い一日となりますように、悲しみと困難、不安に向き合っている方に希望がありますように。良い週末をお過ごしください。新しく始まる一週間が皆様にとって豊かな一週間でありますように。

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