目白からの便り

職場の倫理性を保つ仕事の価値

今朝の伊勢の空はどんよりとした雲に覆われている。肌に触れる冷気が秋の到来を確信させる。

数日前に国際産業関係研究所の10月の月例研究会に出席する。京都の同志社大学内で行われるこの研究会に出席する為、母校を訪れると、今から30年以上も前の大学時代のゼミの風景が目に浮かぶ。当時のゼミは、クラーク記念館というレンガ造りの古い建物の中で行っていた。建物の価値になんら関心をもたなかったが、今振り返ると、重要文化財という歴史的建造物の中での貴重な体験であった。

この建物の前に立つと必ず思い出す風景がある。大学の専攻は労使関係であった。あるゼミ発表の場で、同じ4回生の女子学生から配偶者控除と家事労働の社会的評価に関する発題があった。家庭内での労働の対価は一体誰が報いるのか、精神的なねぎらいの言葉という道義的な取り繕いではなく、経済的価値としてどのように報いるべきものかということだったと思う。

ゼミは20人くらいの人数だった。女子が半分を占め、議論は白熱する。女性の自立性、社会進出における機会確保の観点から、家事労働自体の役割分担の前提が女性であるという単純化された構造に立って発言する男子の立ち位置自体が、そもそも許されないのだと糾弾され、男子学生は圧倒的な劣勢に置かれた。

労働力を再生産する拠点となる家庭における様々な価値ある労働、食事、洗濯、掃除、育児、地域社会への義務に対する対価はどのように評価されるべきなのか。女性の社会進出を妨げる障害になりうるか否かという議論の前に、そもそも、君たち男子は、家事を分担する気があるのかということを問われていたような空気だったと思う。家事労働は、、人間の営みにおいては、基礎となるかけがえのない価値でもあり、男性も女性も共同して果たすべき労働である。

こうした労働は、家庭に中だけでなく、共同体組織としての働く職場にも同様に存在する。一緒に働く同僚が少しでも気分よく、快適に仕事ができるように職場の美化に気を配る、サーバーの中に放置されたデータを効率よく使えるようにひと手間かけて整理する、自らが不在の時にも第三者や後輩が自分の仕事をスムーズに対応できるように作業標準書を常に工夫改善しながら更新していく。これらの仕事は、自分の為でもあるのだが、同僚や組織にむけての行為でもある。職務要件書や目標管理記述書には表現しづらい。

しかし、職場という社会的な共同体で仲間のために汗を流す労働について、どのように評価し、どう報いるのか、適切に対処することは、組織全体の倫理性を担保する上で極めて大切な経営の立場にある者の責務でもある。

今日一日が良い一日となりますように、特に大切な方を失い、悲しみや困難に向き合っている方に励ましがありますように。また、良い週末をお過ごしください。新しく始まる一週間が皆様にとって、豊かな一週間でありますように。

伊勢にて 竹内上人

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