目白からの便り

競争的な労働市場と長期的な雇用関係の両立について

今週、出席した経営学の研究会で労働経済学の先生の言葉が脳裏に沈殿している。それは、人的資本の蓄積の仕組みとして、「競争的労働市場+長期雇用関係(+情報開示)」という組み合わせが、最も理想的な組み合わせであるとの提示であった。今までの日本の労働環境は、「摩擦の大きい労働市場+長期的雇用関係」と定義する。摩擦の大きいとは、組織間移動を制約する人事システム、つまり、採用方法、賃金制度や熟練・技能形成や育成プロセスが、個別企業特有であるということであり、同一組織に長くとどまることが経済的に合理的であると働き手に思わせる仕組みである。

 

私も感覚的には理想だと思いながらも、「競争的な労働市場」と「長期的な雇用関係」というのは、相対する理論でもあり共存しづらい組み合わせでもある。理想的なのかとも思うが、人事の実務家とすると具体的な人事制度に展開するには困難な方程式でもあると予感する。「競争的な労働市場」は、労働者側からの視点でも利点はあり、「働き手」のお互いが技術や技能において切磋琢磨し、労働市場における環境変化の敏感性の感度を高め、環境適合しやすい資質を促しやすくする。また、経営側にとっても、より良質な「働き手」を労働市場から調達しやすくする利点につながる。しかしながら、競争的な労働市場では、長期的な雇用関係を維持するのは困難で、おそらく、短期的な雇用契約をもたらし、雇用流動性が高まる可能性がある。

 

それでは、競争的労働市場において、長期的な雇用関係を維持するためにはなにか他に施策はないかと考えると、契約という概念を超越すると可能性は見えてくる。つまり、契約ベースではなく心理的な組織共感性を保ち続けるという人事施策はあり得る。共感によって、組織を離職しても組織に愛着をもたせ続け、社外から貢献させるメカニズムの手段としての人事施策は研究に値する。その媒介として、SNSなどを通じた巧みな情報開示施策は必須である。日本の人事は人材という経営資源を企業固有のものにカスタマイズし続け、囲い込み、様々な環境変化に対応できる機会の提供に積極的にその役割を果たしえなかったのだと反省する。日本独特の職能給的な人事管理システムで、経済成長を果たしてきた成功体験と既存の長期的雇用システムでその恩恵を先延ばしし、保留していたシニア世代の感情的な世代間報酬調整の代償も変化に対して躊躇させる。外部労働市場の要請だけでなく、内部労働市場も「摩擦の大きい労働市場+長期的雇用関係」のメカニズムから脱皮できない構造に陥ってしまったのかと人事屋として反省する。

 

実際に転職市場で、キャリアコンサルをしていると新卒一括採用、総合職で育成されてきた多くの熟年世代の人材は、外部労働市場の競争関係に触れずにシニアになってしまう。世代間の公平感の調和をとりつつ競争的で長期的な雇用を両立する新しいメカニズムへの移行プロセスの開発は人事屋にとっては重要なテーマだと感じた機会であった。

 

今日一日が良い一日となりますように、悲しみと困難、不安に向き合っている方に希望がありますように。良い週末をお過ごしください。新しく始まる一週間が皆様にとって豊かな一週間でありますように。

 

2023年9月29日  竹内上人

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