— 実務と研究をつなぐ学びの機会 —
前回は、信州大学で開催された留学生教育学会において発表した「日本企業の人事評価指標とEQ(感情知能)能力との整合性」について紹介した。今回は、東京経済大学 国分寺キャンパスで開催された日本労務学会で発表した研究テーマ「戦後日本の賃金・人事制度に内在する集団間競争の機能と公平観」について触れてみたい。
日本的人事管理の研究においては、これまで数多くの優れた研究成果が積み重ねられてきた。なかでも小池和男先生(*1)は、日本企業の競争力の源泉を「知的熟練(intellectual skill)」の形成に見出し、多能工化や現場での継続的な能力開発が企業の生産性向上を支えてきたことを明らかにしている。また、長期雇用を前提とした「遅い昇進(slow promotion)」の仕組みは、短期的な選抜ではなく、時間をかけて従業員の能力を見極めながら育成しつつ個人間の競争を促す日本企業独特の人材育成メカニズムとして説明されてきた。
さらに、楠田丘先生(*2)らが体系化した職能資格制度や職能給制度は、「仕事」ではなく「人の能力」に着目する日本的人事管理の中核的な考え方として発展してきた。日本の人事の諸先輩たちは、職務給導入の圧迫に抵抗しながら仕事の出来栄えは「人」によって異なるリアリティを保持してきた。高度経済成長期以降、多くの日本企業は長期雇用、職能資格制度、OJTによる能力開発を組み合わせることで、人材育成と企業成長を実現してきたのである。
私自身、45年以上にわたり人事実務に携わる中で、こうした職能資格制度や知的熟練の形成と個人間の巧みな競争意識の喚起こそが日本的人事管理の特徴であると考えてきた。しかし今回、戦後の八幡製鉄所の賃金制度を調査する中で、それらに加えてもう一つ重要な視点があるのではないかと感じるようになった。それが「小集団間競争」という視点である。
今回の研究において大きな示唆を与えてくれたのが、森建資先生(*3)による『官営八幡製鉄所の労務管理』である。森先生は、明治期から昭和初期にかけての八幡製鉄所の労務管理を詳細に分析し、巨大組織でありながら実際の労務管理の多くが現場単位に委ねられていたことを明らかにしている。森先生の研究で特に興味深いのは、戦前の八幡製鉄所では親方請負的な現場管理の色彩が強く、採用、育成、技能伝承、日常的な統率などが職場単位で行われていたことである。つまり、戦後に職能資格制度や近代的人事制度が整備される以前から、小集団を単位とした管理システムが製造現場の中に存在していたのである。
さらに森先生が分析した工程払制度は、単なる賃金計算の仕組みではなく、工程や職場単位で成果を把握し管理する仕組みとして機能していたことがうかがえる。私は、この工程払制度こそ、日本的人事管理における小集団管理の原型の一つではないかと考えている。そして戦後の職場管理や賃金制度は、こうした戦前からの蓄積の上に継続発展してきたものとして理解することが妥当だと整理するようになった。
今回、戦後の八幡製鉄所の賃金制度を研究する中で特に興味深かったのは、「競争の単位」である。一般に集団間競争というと、事業部対事業部、工場対工場といった大規模組織同士の競争を想像しがちである。業績評価制度も賞与の査定分布を事業業績によって操作したり、賞与の支給原資自体の傾斜配分をすることにより企業経営全体に対する業績貢献度を評価してきた。しかし、八幡製鉄所の処遇制度や現場運営を見ていくと、実際に重視されていたのはもっと身近な単位であったように思われる。それは隣の班であり、隣の工程であり、隣の職場である。言い換えれば、「顔の見える隣組同士の競争」である。
この規模感こそが重要である。大きな組織単位では、自分たちが競争の主体であるという実感を持ちにくい。一方で、個人同士を過度に競わせれば、知識共有や相互扶助が損なわれてしまう。その中間に位置する小集団同士の競争は、内部には協力を促し、外部には競争を促すという、日本企業ならではの絶妙なバランスを実現していたのではないだろうか。
例えば、生産性や品質、安全成績、改善提案などを隣の職場と比較することで、「自分たちの職場として隣の職場には負けたくない」という意識が生まれる。一方で、その成果を高めるためには職場内部で協力し合わなければならない。その団結力を誇示し合う。その結果として、熟練者は後輩を育成し、新人は早く戦力になろうと努力する。終業後の日本的な「飲み会」の場も懇親の場というより、業務の延長線上の熱い議論が続く。企業経営者はこの現場の主体的な活力に一銭も内部取引コストの負担を負わないのである。それは驚異的でもある。小池先生のいう知的熟練の形成も、こうした職場単位の小集団における協働と切磋琢磨によって支えられていたと考えることができるのではないだろうか。私は今回の研究を通じて、日本的人事管理は少なくとも四つの要素によって成立していたのではないかと考えるようになった。
第一に、長期雇用。
第二に、職能資格制度と職能給制度。
第三に、知的熟練と遅い昇進。
そして第四に、戦前の親方制度や工程払制度を源流とする小集団間競争の仕組み。
従来の研究は第一から第三の要素に重点が置かれてきたが、第四の視点を加えることによって、日本企業の組織力や現場力の源泉をより立体的に理解できるのではないだろうか。高度経済成長期に発展したQCサークル活動や小集団改善活動についても、その背景にはこうした歴史的蓄積が存在していたように思われる。
私が今回研究した八幡製鉄所の賃金制度の歴史も、単なる制度の歴史ではない。その本質は、人を育てる仕組みの歴史であり、組織の中で人々がどのように協働し、競争し、成長してきたのかという歴史である。知的熟練の形成も、職能資格制度も、そして小集団間競争も、究極的には「人を育てる」という共通の目的のもとに発展してきた仕組みであったように思う。現在、いくつかの企業ではジョブ型人事制度への移行が進んでいる。その仕組みは国際競争力に対する人的資源の獲得競争に後れを取らないためにも避けられない取り組みだとも思う。しかし一方で、日本企業が長年培ってきた小集団による協働と競争の仕組みまで失う必要はないと考えている。むしろ、個人評価とチーム評価をどのように両立させるのかという課題に対して、戦前から戦後にかけて形成されてきた日本的人事管理の知恵は、私たちに多くの示唆を与えてくれるのではないだろうか。
実務だけでは見えない景色があり、研究だけでは見えない景色がある。その両方を往復することで初めて見えてくるものがある。長年、人事実務に携わってきた私にとって、この研究は日本的人事管理を新たな角度から見つめ直す貴重な機会となった。今回、学会会場となった東京経済大学を訪問し、その歴史にも触れる機会を得た。同大学の前身である大倉商業学校は、日本を代表する実業家であった大倉喜八郎(*4)によって創設された。大倉翁は大倉財閥の創始者として近代日本の産業発展に大きく貢献しただけでなく、「実学」を重視する教育者でもあった。実社会で活躍できる人材の育成を重視するその思想は、まさに人材育成を中心に発展してきた日本的人事管理の理念とも通じるものがあるように感じた。
これからも実務家研究者として学びを深めながら、日本的人事管理の本質とその現代的意義について探究を続けていきたい。そして、その成果を企業経営や人材育成、さらには学生教育へと還元していきたいと思う。一歩ずつではあっても前へ進み続けながらまさに東京経済大学の創立者の大倉喜八郎が建学の精神に組み込んだ「進一層(Forward Forever)」の言葉のとおり、一歩ずつ前へ進みながら。
今日一日が良い一日となりますように、悲しみと困難、不安に向き合っている方に希望がありますように。良い週末をお過ごしください。新しく始まる一週間が皆様にとって豊かな一週間でありますように。
2026年9月25日
*1小池和男(こいけ かずお)
労働経済学・人的資源管理論の研究者。日本企業の競争力の源泉を「知的熟練」に求め、多能工化やOJTによる能力形成、さらには「遅い昇進」のメカニズムを理論化したことで知られる。
*2楠田丘(くすだ きゅう)
人事・賃金制度研究の第一人者。職能資格制度や職能給制度の普及・体系化に大きく貢献し、日本企業における「人を基準とした処遇」の考え方を発展させた。
*3森建資(もり たてし)
労務管理史・経営史研究者。『官営八幡製鉄所の労務管理』において、明治期から昭和初期にかけての八幡製鉄所の労務管理を分析し、親方的職場管理や工程払制度など、日本的労務管理の形成過程を明らかにした。
*4大倉喜八郎(おおくら きはちろう)
実業家・大倉財閥創始者。実学教育を重視し、現在の東京経済大学の前身である大倉商業学校を創設した。近代日本の産業発展と人材育成の両面で大きな足跡を残した。
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