目白からの便り

びっくりするほど未完成な自分に乾杯

私は毎年、成人の日の新聞をめくるのを楽しみの一つにしている。それはある飲料メーカーの企業広告のエッセイを読むことができるからだ。昨年までは作家の伊集院静さんがこのエッセイを執筆していた。伊集院さんの前、私が学生から駆け出しのサラリーマンの頃は山口瞳さんが担当されていた。成人の日には「新成人に乾杯」という大人からのささやかな激励のメッセージがいつも添えられていて、自分自身が初老の境地に入りかけても、その言葉に励まされ続けてきた。そうした方々がいなくなって、もう成人の日にあの頃の自分に戻るきっかけが失われてしまったのかと寂しい気持ちになっていたが、今週の成人式の日、日本経済新聞の朝刊の紙面を手で伸ばしながら、1ページずつめくっていくと、今年も同じ場所にそのエッセイはちゃんとたたずんでいた。「お、あるじゃないか!」思わずにんまりと声が出てしまう。その場所は、脚本家であり、演出家の三谷幸喜さんに引き継がれていた。

今年の題字は、「あの頃の僕へ」だった。
・・・『今の僕からあの頃の僕へ、60代になって思うのは自分という人間がびっくりするほど未完成だったということ。思っていた60代とは全く違う。この段階で完成しないということは、いったいいつ完成するのだろうか、さすがに最近心配になってきた。・・・(中略)・・・これから君はいろんな人と出会うことになります。もちろんいい奴もそうでない奴もいる。ただし出会わなければよかったと思う人は、一人もいない。大事なのはその人から何を感じ取るか。つまり君次第ということです。』(2025年1月13日 サントリーの広告より)

書棚に色あせた赤い表紙の書籍がいくつかの労使関係の書籍と並んで40年以上鎮座している。大学のゼミか講義で勉強したのだと思うが、労働経済学者の小池和男先生が1981年に出版した「日本の熟練」(有斐閣)という書籍である。小池先生は、長期的な内部労働市場における雇用慣行の中で知的熟練という概念で優れた自発的な応用動作を有する熟練技能者が日本の労働現場の中で形成されたことが日本企業の国際競争力の優位性を支えた重要な人材育成のメカニズムであるとの指摘をされていた。それは労働の現場だけでなく、事務職や技術職といわれるホワイトカラーの人材育成にも同じように伝播した。OJTを基礎にした内部労働市場における熟練形成は、単純な作業の熟練度が上がるだけでなく、経験の蓄積に基づいた様々な応用動作を管理監督者の指揮命令に依存せず主体的にできるという知的熟練の領域へ昇華してきたのだと。知的熟練という概念に労働のロマンを感じる。熟練度が上がるから、現状に流されず、満足せず、作業水準の未熟さを憂い、創意工夫や改善の必要性を感じ取ることができるのだろう。

自分とかかわったり、出逢ったりする「誰か」や、さまざまな機会から何かを教訓として受け止める人と、それを一過性の出来事として流してしまう人との間には、取り返しが効かない相違が時間の経過とともに蓄積される。私たちの身の回りに起きるすべてのことは良質な教訓になりえるのだ。

びっくりするほど成長してないと自分で戸惑うことは、おそらくびっくりするほど自分の感性が磨かれたということであり、感受性の練度が高揚し、自分自身を更に磨き上げたいという願望につながるのだと思う。こんなにも未完成だと思える自分に称賛のエールをおくろう。そして、これからもびっくりするほど自分が未完成だと感じ続けられる素直な感受性を持ち続けよう。

今日一日が良い一日となりますように、悲しみと困難、不安に向き合っている方に希望がありますように。阪神・淡路大震災の出来事を受け止める一日になりますように。良い週末をお過ごしください。新しく始まる一週間が皆様にとって豊かな一週間でありますように。

あけまして、おめでとうございます。今年、最初のコラムになります。今年もびっくりするほど良い年になりますように。

2025年1月17日  

(AMAZONでの電子書籍)
『人事屋が考える20代のためのキャリアデザインの教科書: 戦略的キャリアデザイン講座 1 Kindle版』 著者 竹内上人 (著)
人事屋が考える20代のためのキャリアデザインの教科書: 戦略的キャリアデザイン講座 1 | 竹内上人 | コミュニケーション | Kindleストア | Amazon

(コラム週報のバックナンバー)
https://mcken.co.jp/category/weekly-column/

(e-learningの情報 人事やキャリアに関する講座)
https://mcken.co.jp/e-learning/

関連記事

新着コラム

  1. びっくりするほど未完成な自分に乾杯

  2. クリスマスに思うこと 大丈夫、もう少し時間がある

  3. 障害者のキャリアデザインの環境設計 特例子会社をどう育てるか

PAGE TOP