目白からの便り

中小企業の人的資本経営について その1

副題:年齢にとらわれない実力本位の人材活用と人物を育てる試み

最近よく耳にする「人的資本経営」について、特に中小企業はこの概念とどのように向き合い、またどのような課題認識を持つべきかについて、ある雑誌の寄稿の機会を得た。このコラムでもこの雑誌の寄稿の内容を基礎にして、人事の実務家の視点で何回かに分けて考えてみたいと思う。誌面の都合上、字数に制約があり、初稿の原稿から半分程度の絞った内容になったこともあり、切り落とした部分も含めてこのコラムで再現したいと思う。テーマが少し専門的になってしまい興味を待たれる方が少ないかもしれないが、できる限り平易な表現に書き直して紹介できればと思う。おそらく7回程度になるかもしれないが、関心が有る方は、お付き合いいただければ嬉しい。

日本の中小企業が今後人的資本経営を展開するにあたって、何をすればいいのかという問いに対して、いくつか改善すべき内容はあるが、日本の中小企業の多くはまさに人的資本経営の本質の王道を歩んできたのではと私は考える。最初に現在の日本の状態と改善すべき課題について要約したい。

人的資本経営としての経営基盤
(1) 年齢にとらわれない実力本位の人材活用と人物を育てる試み
(2)「職能給」的賃金に基づくヒト基準の収益配分と公正感を軸にした人材投資の仕組み
(3) 集団間の健全な競争と集団内の相互扶助の協調のメカニズム

経営課題と今後の取り組み
(4) 経営戦略及びビジネスモデルの言語化と人的資本の蓄積と活用に関する可視化
(5) 「場」のマネジメントが人的資本の価値の質量を重厚にする
(6) 可視化 掲示物の放す価値の再認識と積極的活用
(7)「全員戦力化」多様性ある雇用形態のチャレンジが人的資本経営の鍵となる

(1)年齢にとらわれない実力本位の人材活用と人物を育てる試み

日本の中小企業の経営者の中で人件費や労務費という勘定科目を合理化すべきコストとして読み解いている人は稀である。確かに会計的には人件費や労務費は費用、コストとして処理されるが、中小企業の経営者は自社で働いてくれている社員をそのようには考えていない。『よくぞ、わが社で長年一緒に辛苦を共にしてきてくれた』と感謝している方が大勢であろう。組織貢献度が高ければ、年齢的に還暦であろうが、古希であろうが、さらには喜寿を迎える年齢であっても第一線での活用に躊躇しない。このような芸当は、大企業では到底できない。企業の財務諸表の構成の優位性が高い企業の経営者ほど、その念が強い。私は自分の会社の経営や大学での教員という仕事と並行して、中小企業の経営に関して経営者の方と一緒に考える機会が多い立場にもある。そうした日常的な経験の中で、合理化やコストダウンの課題は日常的にあるが、ヒトに関する経済的価値を経費、コストという概念であまり語られることがないのも事実である。

先述したごとく年齢にとらわれずに、むしろ敬意と家族の一員であるかの如く愛情の気持ちを抱きながら人に関する金額の数字を重く受け止めている。こうした体験的学習により、私は日本の経営者、特に中小企業の経営者が人件費や労務費といったヒトにかかわる項目を資本であり投資の対象として、今までも、現在も、そして今後も認識しているのだと確信している。資本的構成で家業であれば、自分の次の後継者であるご子息や、ご令嬢にその経営者としての最も大切なヒト基盤の価値観をいかに心底から理解してもらえるかにその全精神を注ぎ込んでいる。そして、すべての社員の成長を心から願い、どうすれば後継として経営やそれぞれの機能部門の長として育ってもらえるのかということを四六時中考え続けていている方が多い。

そこには今まで築き上げてきた企業経営の根幹を100年企業、200年企業となるべく、再現し続けてほしいという気持ちから人材育成という軽薄な概念を超越し、「立派な人物」になってほしいという願望が映し出される(2003,石田)。「立派な人物」は、決して研修では成立しない。それは致命的にならない程度の会社の損失を覚悟しつつも「良質な経験」をいかに配分するかという一点に絞られる。そうした経営リスクを負いながら中小企業の経営者は良質な場の提供に取り組んでいる。謙虚さにより、言葉の使い方に遠慮がある中小企業の経営者が行っていること、本当に語り伝えたいことはこの願いでもある。だから私のような立場の人間が代弁すべきだと思った。

今日一日が良い一日となりますように、悲しみと困難、不安に向き合っている方に希望がありますように。良い週末をお過ごしください。新しく始まる一週間が皆様にとって豊かな一週間でありますように。

2024年2月16日  竹内上人

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